第52話 初詣

「りんこー、起きてー、りんこー!」


美咲ちゃんの声で目が醒めた。

今日は元旦。


昨晩は大みそかのテレビ番組を観ながら、山下新之助がお土産で持って来てくれた泡盛を飲んで結構酔っ払ってしまった。

いつ自分のベッドに入ったのかさえも覚えていない。

スマホの時計を見ると午前10時。あー、すっかり寝坊しちゃった。


とりあえず目覚ましにシャワーを浴びてから着替えてリビングに行くと、山下新之助がソファーでコーヒーを飲んでいた。


「おはようございま~す、明けましておめでとうございます!すいません元旦から寝坊しちゃって」


「いえいえ、僕もさっき起きたとこですから。明けましておめでとうございます、今年もよろしくです。あ、坂口さん、これからみんなで初詣に行きません?」


「初詣!行きましょう行きましょう!」


元旦は沖縄から帰って来るので、みんなで初詣に行きましょうと、山下新之助から言われていた。

なので私は実家に電話して、おばあちゃんから貰った振袖を送ってもらっていたのだ。


私は桐の箱に入った振袖や帯、草履などを出して部屋に並べてみた。

おばあちゃんは古風な人で、普段からいつも着物を着ていた。

女の子の孫は私一人だった事もあり、私は小さな頃からおばあちゃんに着物を仕立ててもらい、お正月は着物を着て初詣に行くのが習慣だった。

この振袖も、私が成人した時におばあちゃんが仕立ててくれたものだ。


私は髪のセットと振袖の着付けをしてもらうため、予約していたヘアサロンへ向かった。

そしてヘアメイクと着付けが終わったのが13時。結構時間かかったな…


私はショートボブなので凝った髪型には出来ないけど、ヘアメイクさんが頑張ってくれたおかげでなかなかイイ感じに仕上がった。

サイドを少し編み込みにして、後ろ髪はハーフアップ。カスミソウやコレオプシスの生花を飾ってちょっと派手にしてもらった。


姿見に映った自分は、いつもより少しだけ美人な気が…んなワケねぇか…

でも着物だと胸の大きさも関係ねぇからな!


「ただいまー」


部屋に着いてリビングのドアを開けると・・・


「りんこー、キレイー!」

「おお~、坂口さんっ!メッチャ綺麗ですよ!いやあ、ビックリしたなあ!」

「・・・・・」


美咲ちゃんと山下新之助が目を丸くして驚いている。そうかなぁ、照れるなぁ。

つーか珍之助、「・・・・・」って何だよ。少しは褒めろよ。


「じゃあ初詣、行きますか!」


車で行っても渋滞してるだろうし…と言う事で、近くの小さな神社へ歩いて初詣に行く事に。

穏やかな冬の日差しの中、私達はゆっくり歩いて近所の神社へ向かった。


神社の境内は結構な人出。

私達は本殿の前に立ち、賽銭箱の上に吊られている鈴を鳴らして賽銭を入れた。


「ねぇ、りんこー、ここはなに?」


美咲ちゃんがちょっと不思議そうな表情で聞いてくる。


「ここはね、神様が居るトコだよ」


「かみさまー?ハゲのかみさまー?メルティーもいる?」


「違う違う!あんな変態クソハゲやヤンキーはここには居ないよ。ここはね、ちゃんとしたマジな神様が居るトコだよ」


「ふーん」


「じゃあお参りするよ、まず二回おじぎして」


(ペコッ、ペコッ)


「次に二回拍手して」


(パン、パン)


「最後にもう一回おじぎね」


(ペコッ)


何だか外国人留学生に日本の文化を教えてるみたいだな…


お参りを終えて神社の参道脇を歩いていると、ふいに後ろから私達を呼ぶ声。


「凛子ちゃーん、山下さん!」


振り返ると優子と岡島激斗がニコニコしながら立っている。優子の息子の明生クンも一緒だ。


「あれー?優子、岡島さん、どうしたの?初詣?」


「うん、初詣。凛子ちゃん達も初詣でしょ?もうお参りしたの?」


「もう行って来たよ。優子達はもうお参りした?」


「うん、私達もお参りしてきたよ。それにしても偶然だねー!新年早々こんなトコでバッタリ会うなんて!」


まさかこんな小さな神社で優子と岡島激斗に出会うとは。

岡島激斗や優子の家からはちょっと遠いのに、よくここまで来たなあ。


「偶然にもみんな集まった事だし、良かったらこの後僕の部屋でみんなで新年会やりません?ね、ね、みんなで!」


山下新之助がちょっとノリノリでそう言うと、岡島激斗が


「お~っ!マジ?めっちゃ楽しそうじゃん!やろやろ、新年会やろう!しんねんか~い♪しんねんか~い♪」


と、子供のようにはしゃいでいる。


「あの、凛子ちゃん、帰る前にちょっと付き合ってもらいたいんだけど…」


「え、なに優子?どこへ行くの?」


「あのね、明生がゲーム機欲しいって言ってるんだけど、ゲームとか私よく分かんなくて…凛子ちゃん詳しいでしょ?だからこれから買いに行こうと思ってるんだけど、一緒に行ってもらえないかなって」


「ふーん、別に構わないよー」


山下新之助や岡島激斗は先に部屋へ戻って新年会の準備をすると言うので、私と優子は明生クンを連れて二子玉川のショッピングセンターへ向かった。

ショッピングセンターでゲーム機とゲームソフトを2本ほど買い、タクシーでマンションへ戻るともう16時過ぎ。

そう言えば今日はまだ食事をしていない。さすがにお腹が空いてきた。


「お腹空いたねー、私今日はまだ何も食べてないからさ、腹ペコだよ」

「凛子ちゃんなにも食べてないの?そりゃお腹空くよぉ。山下さん達、美味しい物作ってくれてるといいね」


優子とそんな会話をしながら部屋のドアを開けると…なぜか人の気配が全く無い。


あれ?みんなどこかへ出掛けちゃったのか?

なんで?どこ行った?


変だなあと思いながらリビングのドアを開けた瞬間、パッと部屋の明かりが点いた。

そして四方からパーン!とクラッカーの音。


「おめでとう!」

「りんこー、おめでとー!」

「坂口さんっ!おめでとうございます!」


あ…


今日、私の誕生日だ。


私は1月1日、元旦生まれ。

昔から「めでたい誕生日だが、頭もめでたい」と言われていた。


元旦が誕生日だと元旦の方にウェイトが掛かってしまい、私の誕生日なんか付け足しみたいな感じだった。

だから誕生日なんて、私の中では別にどうって事ない日なのだ。

実は『もうすぐ誕生日だな…』って思ってたけど、周りに気を使わせるのが億劫で黙っておいた。


でもなんで今日が私の誕生日だって知ってるの?誰にも言ってないのに。


ふとカウンターキッチンの方を見ると、ハゲとメルティーが椅子に座って山下新之助が沖縄から持って来た泡盛を飲んでいる。

お前らも来てたんか!つーか何でそんなに寛いでんだよ!?

あ、お前らだな、私の誕生日を調べて誰かに言ったのは。


でも、ちょっと、いやすごく嬉しい。


「みんな、ありがとう。ちょっとびっくりしちゃったよ」


テーブルの上にはバースデーケーキが置かれていた。

でも…

ケーキの上に無理やりとも思われる密度で28本のローソクが立ち、すべてのローソクに火が付いているものだから、何かこう『プチ山火事』みたいになっている。


私がそのローソクをいっぺんに吹き消すと、煙がもくもくと立ち上がった。

け、煙い…こんなにいっぱい立てなくてもいいのに。


それからはみんなで飲んで、食べて…久々の楽しい時間。

部屋の隅で珍之助と美咲ちゃんがまた鉄パイプ曲げ勝負をしている。

それに岡島激斗が挑むが、鉄パイプはビクともしない。

明生クンは買ってもらったばかりのゲームに夢中になっている。

山下新之助と優子は、何やら真剣な顔であけぼの飲料の広告の話をしているようだ。アンタら真面目だねぇ。


私はカウンターで飲んでいるハゲとメルティーのところへ行ってみた。


「おう、凛子ちゅわん、誕生日おめでとさん!つーかよ、凛子ちゃん28歳かよ、もすぐ30か?三十路か?そろそろヤベェお年頃だな!気ィつけねーとパイオツ垂れてくるぞ。あっ、垂れねぇか!?垂れようがねぇか!じゃ心配いらねーな、良かったな、ラッキーだな」


「うるせぇ、このハゲ!新年早々貧乳ネタかよ?あ、そうだ、お前だろ?アタシの誕生日誰かに言ったのは」


「え?ああ、凛子ちゃんの誕生日な、護世会の件で凛子ちゃんの母ちゃんと会った時にな、母ちゃんが言ってたのよ、1月1日が凛子ちゃんの誕生日だって。でな、母ちゃんから凛子ちゃんに渡してくれってな、これ預かってたんだわ」


ハゲは横に置いてある薄汚いカバンから小さな箱を取り出すと、それを私に渡した。


え?

お母さんが私の誕生日を憶えてた?

なぜ?

私が三歳の時に離婚してフッと居なくなったクセに。


ハゲから貰った小箱を開けると、中には銀色の指輪が入っていた。薄いブルーのキラキラした宝石がひとつ付いているシンプルなデザインの指輪だ。


「この指輪、何なの?私に着けろってこと?」


「ああ、その指輪はな、女神からその子供へ、代々受け継がれている指輪だわ。女神つってもよ、色々階級みてぇなモンがあってよ、凛子ちゃんの母ちゃんは一番上の”特級女神とっきゅうめがみ”なんだわ。その指輪を持ってるって事が特級女神の証みてぇなモンよ」


「ふーん、特級女神ねぇ…じゃあメルティーもこの指輪持ってるの?だって私とメルティーってお母さん一緒じゃん」


「アタシは持ってねぇんだよぅ、母ちゃんさ、アタシにはくれなかったんだよ、その指輪!欲しかったのにぃ!あの淫乱女、マジムカつく!」


へー。メルティーは持ってないんだ、この指輪。

でも何でこの指輪が欲しいの?こんな何の変哲もない指輪、そこら辺にいくらでも売ってそうじゃん。アメ横とか行けばきっと売ってるよ。


「え?メルティー欲しいの、これ?あげよっか?」


「おいおいおい、凛子ちゃん、それメルティーにあげちゃダメだって!お前さんが持ってなきゃいけねぇんだよう!」


「何でよ?」


「その指輪な、特級女神から生まれた一番上の女児に継承権があるんだよ。一番最初の女児が特級女神の血を一番濃く継いでいるからな。だからよ、凛子ちゃんに長女が生まれたら、その指輪はその子に渡すんだぞ」


「ふーん。でもさあ、これ持ってると何かイイ事あんの?」


「別にねぇよ」


「じゃあメルティーにあげる、はい」


「わっ!おねーさん、マジ!?ホント!?きゃー!やったあ!ありがとー!おねーさん愛してる💛」


「凛子ちゃんっ!それメルティーにやっちゃダメだって!その指輪は特級女神に代々受け継がれて……」


「だって私が持ってたって、別になんも無いんでしょ?だったらいいじゃん」


「何も無いってのはな、この世界に居る時は何も無いって事だよ!俺らの世界に行くとな、その指輪持ってるとスゲーんだぞ!」


「なによ、そのスゲー事って?もったいぶらないで話せよ、ハゲ!」


「ハゲは関係ねぇだろ!まあいいや……その指輪持ってるとな、バス、地下鉄、タクシーが10%割引だ。それから首都圏に20店舗ある業務用スーパー”常滑屋”のお買い物ポイントが2倍になるんだぞ。あと、”びっくりモンキー”でハンバーグ食べると”北極ミニソフト(イチゴソース)”が無料で付いてくる。それからな、カラオケボックス”歌行燈”でカラオケ室料30%OFF&フリータイム・パーティーコース・ドリンクバー込み料金10%OFFだ!あとな、こいつが超スゲエんだけどな、ラブホチェーンの”ドリームスカイ”でコスプレ衣装貸出無料だぞ!どの衣装でも無料!セーラー服とかな、ぶりぶりハイレグのレースクイーンのヤツとかな、マイクロビキニとかな、もう何でも無料だって!な、いいよな!お得だな!」


「メルティー、この指輪あげる。お金に困ったらメルカリに出していいから」


「やったあ!!おねーさん、アリガトー!」


メルティーがこんなに喜ぶって事は、ハゲが言った下らない特典なんかよりも友達に自慢できる何か、とかがあるんだろう。

まあいいや、こっちの世界に居る私が持ってたって何も無いし。


「じゃ、俺らはそろそろ帰るわ。これからさ、釈迦と一緒に錦糸町のオッパブ行くんだわ。あの野郎よぉ、釈迦の野郎よぉ、この前オッパブ連れてったらハマっちゃったみてぇでよ、新しい店が出来ると俺を誘うんだわ、釈迦のクセに。でよ、『元旦からやってる店があるんですけど行きませんか?元旦スペシャルサービスでハッスルタイム2倍なんですよ』とか言いやがんの。いや、ハッスルタイム2倍とか聞いたらもう黙ってらんねぇじゃん?2倍だぞ、2倍!ずっとパフパフ出来んだぞ!おねーちゃんがよぅ、こう跨ってくれてよ、目の前にパイオツがドーンだ!うっひょ~!たまんねぇな!パラダイスだな!でよ、その店の新人でよ…」


「メルティー、こいつ殺しといて」


「うん、帰ったら会社の人事部にセクハラ報告出しとくから。社内的に抹殺しておくね。じゃあおねーさん、指輪ありがとね!」


----- ボンッ! ------


いつもと同じように、爆音と白煙を残してハゲとメルティーが帰った。



正月か……

去年のお正月、私は何をしてたっけ?


あ、そうだ、部屋に引きこもって年末に発売された新作ゲームをずっとやってたんだ。

年が明けたのも忘れて、年末から正月三が日の間中、ずっとゲームしてたんだ。

つまみや冷凍食品をしこたま買い込んで、酒飲みながらずーっとゲームしてたんだ。

あははは……


でも今年は友人たちに囲まれて、誕生日も祝ってもらって…

去年とはえらい違いだな。

それにみんな楽しそう。

こんな新年を迎える事が出来るなんて、思っても見なかった。



「あの~、みなさん、すいません。ちょっとご報告したい事があるんですけどー」


岡島激斗が部屋の中央で立ち上がって皆を見回しながら言った。


なんだろう?

ひょっとして新しいテレビ番組のレギュラーにでもなったのか?

それとも大きな試合でも決まったか?

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