第21話 夜襲
帰りの車内。
運転は山下新之助、助手席に私、後ろの座席には新之助と美咲ちゃんが座っている。
山下新之助としては美咲ちゃんを連れて来るつもりは無かったみたいなのだが、美咲ちゃんが自分も行くと言ってきかないため、仕方なく美咲ちゃんも連れて行くことに。
「いやぁ、今日は楽しかったなあ。またみんなで食事しましょうね!」
山下新之助はよほど楽しかったらしく、ずっと上機嫌だ。
確かになかなか楽しい時間だった。
私は山下新之助とより一層お近づきになれたような気がして、それだけで大満足。
珍之助と美咲ちゃんが作った料理もまあまあ美味しかったし、最初はブスっと仏頂面をしていた珍之助も時間が経つにつれて少しずつ打ち解けてきたようだ。
そして一番はしゃいでいたのは美咲ちゃん。
珍之助の事が本当に気に入ったみたいで、ずっと珍之助にくっついていた。
今も後部座席で珍之助にもたれ掛かりながら携帯のゲームをしている。
なんだよ、もうすっかり恋人同士みたいな雰囲気じゃんかよ。
そもそもだな、珍之助はアタシと・・・・・って、何ヤキモチ焼いてんだ?アタシ。
「美咲も珍之助君をすごく気に入ったみたいで・・・アイツの嬉しそうな顔見てると僕も嬉しいんですよ、変ですね、何か親になったような気分なんです」
「あー、分かります、そうですよね、私も珍之助の事、自分の子供みたいな気がしちゃって・・・子供なんか居ないのに変ですよね」
「ホント、不思議な気分ですよね。美咲って僕がどんなに遅く帰っても絶対に玄関まで出迎えてくれるんですよ。自分が眠っていても飛び起きて来るんですよ。もう、なんか可愛くて」
「そうなんですか?へえ~、美咲ちゃん健気ですね」
「そうだ!さっきまたみんなで食事しましょうって言いましたけど、どうせだったらどこかへ遊びに行きません?美咲にも外出させてあげたいし・・・あ、この車じゃ小さくて窮屈だからマネージャーのミニバン借りてきますよ!どうですか?」
「いいですね!4人で遊びに行ったら絶対楽しいと思います!」
「ですよねー!坂口さんは土日がお休みなんですよね?じゃあ僕も出来るだけ早く土日をオフにしてもらえるよう、マネージャーに相談してみます!」
うわぁ~!
何なんだよ、この神展開!
珍之助と美咲ちゃんが一緒だとは言え、山下新之助とお出かけだぞ!
幸せ過ぎてヤバイ。
これで一生分のツキを使い果たしてしまうのではなかろうか?
でもいい、それでも全然構わないぞ!
その時、突然後ろから赤い光とサイレンの音が鳴り響いた。
「黒い軽自動車、ゆっくりと左に寄って停車してください」
後方から来たパトカーが回転灯を光らせながら私達の車を追い越し、行く手を遮るように前方で停車した。
パトカーから降りてこちらへ歩いて来る2名の警官。
え?
何で?
何か違反でもしたの?
いや、そんな筈は無い。
スピードなんか全然出ていないし、ここは多摩川沿いの交通量がまったく無い道だ。
「すいませーん、運転手さーん、窓開けてもらえますー?」
運転席の外側から、警官が声を掛けてきた。
私が座っている助手席側にも、もう1人の警官が近づいて来る。
「運転手さーん、聞こえてますかー?」
コンコンと窓をノックしながら警官が尋ねるが、山下新之助は前方を凝視したまま動かない。
「山下さん、お巡りさんが来てますけど・・・あの・・・どうしたんですか?窓、開けないんですか」
明らかに警官をガン無視している山下新之助の態度が心配になって、私は少しおどおどした口調で尋ねた。
「坂口さん、あのパトカー”わ”ナンバーですよね?パトカーに”わ”ナンバーってあり得ないんです。しかもここは県境とは言え神奈川なのに、あのパトカー”警視庁”って書いてありますよね?それからあの屋根に付いている回転灯なんだけど、サイドにフックみたいな物が出ているでしょう?あれって簡単に取り外せるようになってるんですけど、本当のパトカーって回転灯なんか外せないんですよ。僕、先週のロケでパトカーの劇用車運転したんですけど、あのパトカーとそっくりなんです」
「え?山下さん、それって、どう言う事ですか?」
「たぶん、いや、絶対にあのパトカー、偽物です。だからこの警官も怪しい、間違いない!何か変だ!」
その瞬間、ガシャーンと言う音と共に私の左側の窓と、運転席の右側窓が粉々に飛び散った。
私は粉々になった窓ガラスを浴びて思わずダッシュボードに身をかがめたが、ドアの開く気配と共に左腕を掴まれて車外に引きずり出されてしまった。
怖い!
何が何だか分からない!
あまりの恐怖に叫び声も出ない。
どうしよう、どうしよう!
偽警官とおぼしき人物は私の腕を掴んで力任せにパトカーの方へ私の身体を引きずって行く。
脚のあたりがアスファルトに擦れてヒリヒリと痛んだ。
その時だった、ふいに後ろから偽警官に襲い掛かる人影。
ものすごい速さで珍之助が偽警官に殴り掛かった。
珍之助の拳が偽警官の下腹部にめり込み、偽警官は「グエッ!」っと奇声を発してその場へ倒れ込む。
倒れた偽警官の上に馬乗りになった珍之助は偽警官の顔面をボコボコに殴りだした。
ふと横を見ると、山下新之助を羽交い絞めにしていたもうひとりの偽警官に向かって美咲ちゃんが鮮やかな回し蹴りを蹴り込み、偽警官は軽自動屋のボンネットにドカッと倒れた。
美咲ちゃんは後ろから偽警官の首を左手で押さえ、右手で腕を後方に捻じ曲げて動けないようにしている。
まるで格闘家が子供を相手にしているような、圧倒的な速さと強さ。
そして美咲ちゃんが偽警官のこめかみ辺りを2~3回殴ると、偽警官は動かなくなった。
私の前方では珍之助に殴られて気を失ったと思われる偽警官が地面に倒れている。
私はすっかりビビッてしまってガタガタ震えていた。
「坂口さん、大丈夫ですかっ!」
山下新之助が走り寄って来て、腰が抜けたように地面に座り込んでいる私の身体をそっと背中から手を回して起こしてくれた。
「あ、あの、だ、大丈夫だと、お、思います」
「すぐここを離れましょう!坂口さん、歩けますかっ!?」
「は、はい、歩けます」
私達は急いで山下新之助の車に乗り込み、その場を離れた。
「取り合えず僕のマンションに戻りますね、坂口さんの傷の手当てもしたいし」
え?傷?
そう言えば足や腕がちょっとヒリヒリするけど・・・あ、血が滲んでいる・・・
きっと引きずられた時に擦りむいたのだろう。
運転席と助手席の窓が割れて無くなっているため、外からものすごい勢いで風が吹き込んでくる。
風で暴れる髪を押さえながら後部座席を振り返ると、美咲ちゃんは珍之助の肩にもたれ掛かっていて、二人はギュッと手を握っている。
やっぱり怖かったのかな・・・
でもさっきの珍之助と美咲ちゃん、凄かった。
まるで目の前で格闘技の試合を観ているようだった。それも完全に一方的な試合を。
山下新之助の部屋に戻り、私は擦りむいた箇所を浴室のシャワーで洗い、山下新之助が用意してくれた消毒薬を塗っておいた。
ちょっと青あざになっている部分もあるけど、自転車で転んだと言えば疑われる事も無いだろう。
それよりもお気に入りの黒いフィッシュテールスカートがボロボロになってしまったのがツライ・・・高かったのになあ、コレ。
ふと洗面台を見ると私のスマホが置いてある。
きっと美咲ちゃんの髪を切った時、置き忘れたに違いない。
この部屋に戻って来て良かったよ・・・
「坂口さん、大丈夫ですか?」
浴室から戻って来た私に、ソファーに座った山下新之助が心配そうに声を掛けてくれた。
「はい、大丈夫ですよ!全然へーきです!」
私は無理して作り笑いをしたが、内心は今でも怖くてビクビクしていた。
「山下さん、さっきのあの偽警官、一体何だったんでしょうか?何で私達があんな目に遭うのかな?全然心当たり無いんだけど…」
「そうですよねぇ・・・僕が見た感じでは、坂口さんを狙っていたような気がするんですが・・・」
「え?私を?」
「はい・・・アイツら、坂口さんをパトカーの方に引きずって行ったじゃないですか?その時にもう1人の偽警官は僕を羽交い絞めにして動けないようにしていたんです。僕じゃなくて坂口さんを連れて行こうとしてたんじゃないかなって思うんですけど・・・」
そうだ。
よくよく考えると、あの時山下新之助は羽交い絞めにされて、その場で身動きできないようにされていた。
そして私はパトカーの方へずるずると引きずられていて・・・
あの時に珍之助と美咲ちゃんが助けてくれなかったら、私は無理やりパトカーに乗せられていたのだろう。
そう考えるとまた恐怖感が沸き上がって来て、脚がガクガク震えだした。
「ど、どうしよう・・・私・・・誰かに狙われてるの?何で?何でこんな目に遭うの?・・・イヤだよ、もうあんな目に遭うのイヤだ・・・」
その時、珍之助の腕が私の身体をそっと後ろから抱きしめた。
ちょっとビックリした・・・
でも、珍之助の腕は思っていたよりも温かくて武骨で、まるで全身を包み込んでくれる丈夫なコートみたいな感じがした。
「ちんこ、痛いか?ちんこが痛いは僕が悪いです。神様は言ったです、僕はちんこを守るのが役目ですから。僕が強くなるはちんこを守るです。だからちんこは安心するです。僕が守る。ちんこ守る。ずっと守る」
「珍之助・・・ありがとね。うん、珍之助、ありがと・・・うっ、うっ・・うえ~ん!」
私は感情が抑えきれなくなって泣いてしまった。
山下新之助の面前で。
いい歳してすっごく恥ずかしい。
でも泣いちゃいけない!と思えば思うほど涙があふれて来てしまう。
「す、すみません・・。うっ・・・あの・・・ゴメンナサイ、私、いい歳してこんなに泣いちゃって・・・もう大丈夫ですから、本当にすみません!」
「坂口さんいいんですよ、怖かったですよね、実は僕もメチャメチャ怖かったです。でも珍之助君が一緒に居てくれて本当に良かったです。それに美咲も手伝ってくれたし」
山下新之助の言う通りだ。
珍之助が居てくれて本当に良かった。
それに美咲ちゃんのあの回し蹴り、まるで格ゲーのキャラみたいだった。
それにしても珍之助があんなに強いなんて・・・メルティーの言う通り、格闘技を訓練させておいて正解だった。
ん?メルティー?
ひょっとして、こんな事になるのを知っていて珍之助に格闘技習わせろなんて言ったんじゃないのか?
怪しい・・・
メルティーやハゲには私と山下新之助の事を黙っておく約束だったけど、こんな事が起こったんだから、もうそんな事言ってはいられない。
私はすぐさまスマホでメルティーにメッセージを送ってみた。
---Rinko
メルティー!
---Melty
おねーさん こんな時間に何よ?
---Rinko
さっき襲われた
---Melty
えええ?マジ?だいじょうぶなの?
---Rinko
うん 大丈夫だけど
---Melty
いまどこ?アパート?
---Rinko
山下新之助さんの部屋
---Melty
え?なんで?おねーさん何言ってるの?
---Rinko
だから私は山下新之助さんの部屋に居るんだよ
珍之助も一緒だよ
---Melty
ちょっと待って すぐ行く
----ボンッ!----
すぐにメルティーが私達の目の前に現れた。
「おねーさん!何でここに居るのっ!襲われたって何?どこで?何で?何でみんな揃ってるの?意味わかんないっ!」
私は山下新之助の部屋に来たいきさつや、これまでの事、そして襲われた時の状況をメルティーに話した。
「そうかぁ・・・おねーさんと山下さんって仕事で接点があったんだね。いやぁ、全然ノーマークだったよ、参ったなあ」
「あんた、参ったなあじゃないでしょ!何でずっと教えてくれなかったの?」
「まあ・・・それはね、えーっと、おねーさんと山下さんはいずれ知り合う事になってたんだけどさ、ウチらの計画ではもうちょっと後になってからだったんだな」
「何よ、計画って?」
「え?あ、いや・・・まあ、その、色々あってね・・・それよりもおねーさんも山下さんも怪我とかしてないの?大丈夫?」
「うん、ちょっと擦り傷ができただけだから心配ないよ、珍之助と美咲ちゃんが助けてくれたしね。それよりもね、何で私がいきなり襲われなきゃならないの?メルティー何か知ってるんでしょ?」
「あー、えっと・・・ゴメン!私の口からは詳しい事は言えないんだ!本当にゴメン!」
「ほら!やっぱり何かまた隠してるじゃん!私、襲われたんだよ?拉致されそうになったんだよ!本当だったら警察に連絡しなきゃだけどさ、珍之助や美咲ちゃんの事もあるし、警察沙汰にできないじゃん!」
「そ、そうだよね・・・でもね、珍之助と美咲ちゃんが居れば大丈夫だから。それは私が保証する!絶対に大丈夫!でもさ、何でおねーさんの居場所がヤツらに分かったのかなあ?」
「知らないよ、いきなり私達の車を追いかけて来て無理やり連れて行かれそうになったんだよ」
「何でかなあ・・・おねーさんさぁ、あのキーホルダーちゃんと持ってる?」
「キーホルダー?ああ、あのハゲが置いてったヤツね。・・・あ、さっきこの部屋にスマホ忘れて・・・スマホにあのキーホルダー付けてたからさ、襲われた時は持ってなかったけど」
「それだよっ!!」
「え?」
「おねーさん、山下さんもよく覚えておいてね。あのキーホルダーはね、持っている人間の所在を隠すためのモノなんだよ。私達みたいな天上の者はあれを持っている人間を見つける事が出来ないんだよ」
「はぁ?なにそれ?」
「だからね、さっきおねーさんが襲われた時にキーホルダーの付いたスマホ、この部屋に忘れてたって言ったでしょ?あのキーホルダーを身に着けないまま外に出たから、おねーさんの居場所がヤツらにバレちゃったんだよ!だから襲われたんだっつーの!」
「そ、そうなんだ・・・でさ、その”ヤツら”って誰なの?」
「あー、そ、それはね、これも私の口からは詳しい事は言えねぇんだ!本当にゴメン!でもいつか分かる時が来るから、これ以上はまだ言えないんだ、ゴメンね!じゃあアタシもう帰るからさ、必ずキーホルダーは身に着けておいてよね!山下さんも珍之助も美咲ちゃんも全員だぞ!絶対だからね!じゃねっ!」
「ちょ、ちょっとぉ!メルティー、まだ聞きたい事がいっぱ・・・」
----ボンッ!----
メルティー、そそくさと帰りやがった・・・
何なんだよ、ワケ分かんない。
メルティーもハゲも、絶対に重大な何かを隠してる気がする。
キーホルダー・・・
このキーホルダーを持ってると天上の者には私の存在が見えなくなる?
このキーホルダーを持ってるとヤツらは私を探せない?
つーことは”ヤツら”って、メルティーやハゲと同じ天上人ってヤツなのか?
私は”天上人”から狙われてるのか?
あまりにも荒唐無稽すぎて、一周回って怖さとか感じないと言うか、何だか騙されているような気分だ。
意味わかんねぇ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます