イケメンな彼氏が欲しい?じゃ、自分で造ればいいんじゃね?分子レベルから。
サバ太郎
第1話 自堕落OLの憂鬱
「♪♪♪~♪♪~♪♪~・・・」
携帯に設定してあるダサいアラーム音が部屋に鳴り響く午前7時。
頭の中にだんだんと意識が戻って来る。
朝だ・・・いつもと同じ朝だ。
私はベッドの枕元に置いてあるスマホを手探りで探し当て、スマホ側面のボタンを押してアラームを止める。
「うー・・・眠い・・・」
寝ぐせでぐしゃぐしゃの髪をかき上げ、目ヤニで張り付いている右目を擦りながら、ハンガーに掛けてあったバスタオルを掴んでユニットバスへ向かう。
狭いユニットバスの鏡に映る自分の顔。
独身OL27歳、寝起きスッピンのその顔は、まるで寂れた田舎の温泉地にあるスナックのママさんの寝起き顔のようであり、自分でも目を逸らしたくなるほど酷い。
歯を磨く。
ときどき「オエッ!」となる。
オヤジかよ。
まあいい、誰も見てないし。
顔を洗う。
一緒に鼻水が出て来て顎のあたりまで鼻水が垂れる。
ついでに手バナをかむ。
まあいい、誰も見てないし。
髪の毛、寝ぐせでグシャってるなあ・・・頭洗おうかな。でも時間無いし・・・まあいいや。
私は両手で蛇口から出る水をすくい、髪にバシャバシャと叩きつけた。
パジャマ代わりに着ているTシャツの肩から胸のあたりまでが、髪から垂れた水でビシャビシャになるが気にしない。
誰も見てないし。
バスタオルで顔と髪を拭いたらベッドに腰かけてボーっとする。まだ頭の中がハッキリしていない。
「あー・・・眠い・・・」
スマホの画面の時計を見ると7時40分。
ヤバイ。
早くしないと遅刻だ。
面倒くさいなぁ・・・半休にしちゃおうか・・・あ、もう有給無いんだ。
Tシャツを脱いでブラを着け、その恰好のままドライヤーで髪を乾かす。
先月セミロングだった髪を切ってショートにした。
短い髪がこんなに楽だとは思わなかった。乾きも早いしスタイリングも簡単だ。
髪が出来たら次は化粧。メイクじゃない、”化粧”。
数年前までは化粧品もそこそこ良い物を使っていた。安月給なのに。
”美しさが爆上がり! 丸の内OLが選んだ大人のキレイを叶えるコスメ”なんて女性雑誌の記事を真に受けて、高い化粧品をカードで分割払いして買ったりしてた。
でも最近はドラッグストアの特売品ばかり買っている。
化粧品なんて安かろうが高かろうが、使っている本人以外は分からない。だからこれでいいのだ。まったく問題ナイ。
髪と顔が完成した。
ま、こんなもんか。
7時58分。
クローゼットに掛けてある一応ちょっと高そうに見えるノースリーブのシャツとクロップドパンツ(オークションサイトでセットで1500円)それにもう何年も着ている紺のジャケットを着て、姿見に映った自分を見る。
「まあいいか、こんなもんでしょ」
髪を乾かして化粧をして着替えるまで、わずか20分。
男子高校生でもこんなに早くないだろう。
玄関に放りっぱなしにしてあったカバンを肩に掛け、私は部屋を出る。
部屋にカギを掛けていると隣の部屋のドアが勢いよく開いて若い男女がふざけ合うようにして飛び出してきた。
「キャッ、ちょっとぉ~、雄介ぇ、やめてよぉ~、もぉ~!」
「いいじゃん、いいじゃん!」
二人と目が合った。
「あ・・・凛子さん・・・おはようございまぁーす、ほら、雄介、行くよ!」
微妙に気まずい。って何でアタシが気ィつかわなきゃならんのだ。
隣に住んでる女子大生の美紀は、しょっちゅう部屋に男を連れ込んでいる。
しかも毎回違う相手。
昨日の夜も”あの声”が聞こえてきた。
ま、正直言って
スッゲーうらやましい。
私は坂口凛子、27歳。
都内にある小さな広告代理店に勤務している。
地方の高校を卒業して東京の四年生三流大学に進み、そのまま東京で就職した。
今思えば、私だって数年前まではこんな自堕落なOLじゃなかった。
3日に一度は花を買ってテーブルに飾り、恵比寿の小洒落た雑貨屋で買った可愛いテーブルクロスなんかを敷いて、たまに早く帰った日にはパスタを茹でてサラダを作り、ドレッシングも自分で作ったバルサミコソースを掛けて・・・なんて感じで「私って都会で暮らすちょっとお洒落なOL?うふふ」とか思ってみたり。そしてその頃は部屋に来てくれる彼氏も居た。
だけど日々の仕事に追われて花を買う事も無くなり、食事はコンビニのお弁当を買って帰る日が増え、最近では駅前で牛丼をかきこむ始末だ。もちろん玉(ギョク)と紅しょうがてんこ盛りはかかせない。
そしてワンルームの部屋に帰ってまずは缶チューハイをひと口。脱ぎ散らかした服をかき分けてテーブルの前に座り、深夜までゲームをする毎日・・・
もちろん彼氏は去って行った。
すさんでるな!あはは!
あー、彼氏欲しいわー。
私だってこんな毎日はイヤだけどさ、心の隙間は花やパスタや可愛い雑貨じゃ埋まらないんだよ。
毎日そばに居てくれとは言わないよ、でもさ、寂しい時とか落ち込んだ時だけでもいいから、ギュって抱きしめてくれる彼氏が欲しい・・・
と、最近しょっちゅう思うようになったのは歳のせいか?ああ?
いやいやいや、アタシだってまだ27歳、こんな生活してるのに幸いにもまだお腹とか出てきてないし、身長も体重も高校3年の時から変わってない。
背も女性にしては高めの163cm。この前もクライアントのパソコン通販屋の油ぎったオヤジから「いやあ、凛子ちゃんスタイルいいねぇ、今度来るときはもっとピッタリした服着て来てよよ(ニチャァ)」なんて言われたのだ。キモいけど。
パッと見は、あくまでもパッと見はそんなに悪くないはずだ。(といいなあ・・・)
とまあ、こんな事を考えながら駅までの道をてくてく歩く。
毎日お決まりの時刻にお決まりの地下鉄。
片道40分の通勤時間を何とかやり過ごして着いた会社は、創業15年の弱小広告代理店、”柿本エージェンシー”。
私はこの会社で営業をしている。
広告代理店と言っても、ウチみたいな小さな会社は大手の下請け、いや、孫、ひ孫請けの仕事がほとんどだ。
今日もこの後、日本を代表する大手広告代理店に雑誌広告の打ち合わせに行かなければならない。あーめんどくせー。
その日の22時。
私はやっとこさ仕事を終え、帰り支度をしていた。
「あれー凛子ちゃん、もう帰っちゃうのー?これからちょっと飲みに行こうよー!」
同期の佐々木浩二だ。
何言ってんの、もう22時だぞ。これから飲みに行ったら確実に午前様じゃんか。しかも今日はまだ木曜日だぞ。こいつアタマ湧いてんのか?
「私、今日はどうしても見たいテレビ番組があるんだよねー、ごめんね、また誘ってー。じゃ、お先にー」
ちなみにウチにテレビは無い。
ゲームだよ、ゲーム。あたしゃ酎ハイ飲みながらゲームすんだよ。これが唯一のストレス発散なんだよ。
会社から地下鉄駅までの道すがら、私の前を安っぽいスーツ姿の小太りハゲオヤジと、どう見ても不釣り合いな若い女の子が腕を組んで歩いている。
どこからどう見ても”援●交際”にしか見えん。が、二人とも何だか楽しそうだ。
「ちっ・・・・・」
あんなカップルを見ても微妙に羨ましく感じてしまうワタシ。
こりゃ重症か・・・
アパートの最寄り駅で地下鉄を降りて駅前のコンビニに入る。
いつもの酎ハイと焼肉弁当を持ってレジに行くと、隣の部屋の女子大生の美紀がバイトをしていた。そうか、今日は遅番なんだ、ちぇっ、違うコンビニに行けば良かったな。
「あれー、凛子さん、今帰りですかぁ?」
「うん」
「また酎ハイと焼肉弁当ですかぁ?凛子さんいっつもコレじゃないですかぁ、ウケるー!たまにはちゃんとしたもの食べないと身体に毒ですよぉ」
「あはは、まあね、仕事で疲れちゃって面倒くさくてさ、美紀ちゃんも就職したらきっと分かるよ」
あんたこそ毎日毎日男連れ込んでやり放題で、そのうちガバガバになるぞ。うらやましいけど。
美紀は根は悪い子じゃないんだけど、少々頭のネジが緩んでいる。でも結構勉強は出来るみたいで、そこそこ偏差値の高い女子大に通っている。
「ありがとーございましたぁ、またお越しくださいませぇ」
コンビニを出て信号待ちをしている時だった。何となく背後から感じる妙な視線・・・
「凛子さーん、坂口凛子さんだよねぇ」
ふいに名前を呼ばれ、びっくりして振り返ると・・・
そこには頭をこれでもかとばかりにハゲ散らかした背の低い、きったねーオヤジが立っていた。
変なフォントで胸に「SAVE THE GOD」と書かれたオレンジ色のTシャツの裾を安っぽいジーパンの中に入れ、さっき買いました!とばかりの真新しいゴツいスニーカーを履いている。
ちなみにスニーカーはヒモではなくてマジックテープで固定するタイプのヤツだ。だ、だせぇ・・・
「な、何ですか?」
「あのさ、あんた凛子ちゃんでしょ?」
キモッ!何でお前がアタシの名前知ってるんだよ!
「あなた誰ですか?何で私の名前知ってるんですか?」
「まあまあまあ、細かいことはえーからえーから、あのさ、凛子ちゃん彼氏欲しくね?」
「はぁ?いきなり何言ってんですか!だから、そもそもアナタ誰です?」
「え?俺か?俺はさ、こーゆーもんだけど」
ハゲはおもむろにジーパンの後ろのポケットから赤い財布のような物を取り出した。それをベリベリと音を立てながら開けるとヨレヨレになった名刺を私に差し出す。
って、その財布、マジックテープかよ。ウォレットってヤツか!?久々に見た!
その名刺にはでかでかと
「神葉 衣留」
と書いてある。
「これ、何て読むんですか?」
「かみはいる、神は、居る・・・なんつって!あひゃひゃひゃ!」
あまりのバカバカしさに、私はハゲを無視して信号が青になった横断歩道を速足で渡りだす。
「おーい、凛子ちゃーん、ちょいと待ってぇな!」
ハゲが背後からしつこく追って来る。ちょうど横断歩道を渡り終えた所でハゲが私に追いついた。
「だから何なんですか!あんまりしつこいと警察呼びますよ!」
「いいよいいよ、呼べるもんなら呼んでみ、いいから呼んでみ」
もう頭に来た!
私はバッグからスマホを取り出して画面ロックを解除しようとするが・・・スマホが反応しない!え?何で?
慌てる私を見てハゲがニヤニヤしている。
「ムダだよーん、凛子ちゃんのスマホ、一時的に使えなくしちゃったからねー、あひゃひゃひゃ!」
何なんだよこのオッサン、手品師か?どんな仕掛けだ?新手の宗教勧誘か?
「それよりも凛子ちゃん、彼氏欲しいんでしょ?欲しいんでしょ?欲しいんだったら造っちゃいなよ、YOU、造っちゃいなYO、YO、YO!」
お前はジャニーさんか。
「♪♪彼氏が欲しけりゃ造ればいいいじゃん、彼氏が出来たら仲良く麻雀、しあわせ万来、たまにはSo cry、おいらが付いてりゃ悩みもGo fry!YO!YO!♪♪」
「あーーーもう!うるさいっ!私に何の用があるんですか!さっきから何度も聞いてますけど、あ・な・た・だ・れ・で・す・か!」
「あ?俺?オレは神様だし。知ってる?神様、自分で言うのも何だけどさ、神様ってマジすげーから。パネェから、あ、ひょっとして凛子ちゃん、神様知らねえんじゃねぇの?あのさ、えーと、あのー、アレだ、なんだっけかなー?何てったっけかなー?あいつ。あいつの名前、シャケ?シュケ?えーと、頭ぶつぶつのヤツ、すげー福耳の、ほっそい目ぇした、なんだっけかなー?」
「釈迦ですか」
「あーそうそう、それ、釈迦。うん、釈迦。あいつよりも俺の方がめっちゃブイブイ言わせてっから。神しか勝たん!みたいな。あー、釈迦ね。あいつさ、ちょっと気が弱いとこがあんだよね、あとマジメすぎ。あいつ超マジメだからね、女気もねぇしさ。前にさ、アイツ誘って飲みに行ったんだよ、まあ男だけで飲みに行ったらそーゆー店にも行きたくなるじゃん、そーゆー店。お姉ちゃん横に座っちゃうぞー的な、横に座ったらおっぱいチラ見しちゃうぞー的な。でさ、アイツ誘ったらさ、”いや、わたしは、そのような店には行きません”とかぬかしやがってさ、だから俺も言ったんよ、じゃあその店のお代は俺が持つと。かわいい釈迦の為に俺がそれくらい面倒見ると。そしたらさ、アイツ何て言ったと思う?ねぇ、何て言ったと思う??アイツさ、”冗談は髪の毛だけにしてください”だってよ!つまんねーな!だせぇな!うひゃひゃひゃ!あー」
こ、こいつ・・・やべぇヤツじゃん・・・相手にしてないでさっさと帰ろ。
私はハゲを無視してアパートの方角へ歩き出す。
「あ、凛子ちゃん、待ってぇな!ちょっと」
知った事か。お前に構ってるヒマは無い。
私は早く帰ってゲームをするのだ。
「凛子ちゃーん、そのうち部屋に荷物が届くからさー、楽しみにしといてぇな!でっけえ荷物が届くよーん、ちゃんと受け取れよー!うひょひょひょ」
後ろでハゲがわーわー騒いでいる。一生やってろ、ハゲ。
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