第6話 初めての相手
「ディメンション・ドア…!何だかすごく格好良いね!」
うう…ユキの純粋な眼差しが痛い…。本当は『収納』という名前のスキルだが、格好を付ける為に咄嗟に嘘をついてしまった。今更嘘でしたなんて言える雰囲気でもないしな…。
「あはは…そうだろ」
(嘘です。すんません……!)
「なんだかリョータくんといると、新しいことがいっぱい経験出来るね。……あのさ、リョータくんの世界の話、してくれない?」
すとん、とユキは石に腰を下ろした。俺はまだまだ眠くないし、彼女が大丈夫そうなら良いだろう。
「ああ、良いぞ。あんまり面白い話ではないかもしれないけどな」
こうして俺は地球の話を始めた。魔法というものが存在しない世界で、代わりに科学を駆使して生活しているという話が一番ユキの琴線に触れたようだ。話をしていると、地球とこの世界との共通点を知ることがあり、俺も満足することが出来た。
しばらくして話し終えると、ユキが『ふわぁ…』と可愛らしい
「よし、そろそろ寝るか」
「そうですね」
二人でテントに戻るが、やはりどう考えても全員が同じ場所で寝るというのことには、若干の不安が残る。四人で寝るには窮屈と言うか、離れて眠ることは出来なそうだ。
「ん、どうしたの?」
既に横になっているユキが小声で問う。
「……いや、別に何も」
(流石に外では寝たくないしな…。これは不可抗力だ。朝起きて大変なことになっていても、それは不可抗力だ)
まるで自分に言い聞かせるかのように言い訳を考え、そっと
・ ・ ・ ・
少し視界が眩しい。瞼を閉じていても、周囲が明るいということが分かる。何処からか良い匂いが漂ってくる。
「もう朝か…」
テントから出ると、リリーたち三人が『おはよう』と挨拶をしてくれる。時計が無いから正確な時間は分からないが、三人とも早起きだな。正直、目が覚めたら、服がはだけた三人と密着しているという展開を予想していたのだが。
「リョータ遅いよ〜、まだまだお寝坊さんだね〜」
「リリーなんて一番最初に寝てたくせに…。それより、三人はもしかして朝食を作ってるのか?」
マリネがフライパンを使って焼いているのは、恐らく肉だろう。ジューッ、という音を立てながら色を変えていく。そんな光景をリリーとユキがじっと眺めている。
もうひとつ増やされた焚き火では、鍋が温められており、コトコトと蓋が踊っている。
見れば分かることではあるが、マリネが俺の問いに答えてくれる。
「ええ、昨日倒したブラックムーン・ベアから取っていたお肉を焼いているだけなのだけれども」
「へー、あれって食べれるやつだったのか。それにしても良い匂いだな」
「これは街では人気のある物よ。数も多い分、安くで売られているから、王族だけでなく庶民たちもよく食べているって聞くわ」
「そうなのか…」
(じゃあ、俺がこの前食べた不味い肉は何だったんだ……?)
「私たちは、仕事で外に出た時に一回だけ食べたことあるけどめちゃくちゃ美味しかったよ!絶対リョータもびっくりするよ!」
「それは楽しみだな」
リリーがよだれを垂らしている。何だか俺も腹減ったな…。昨晩のように石の上に腰を下ろし、マリネが焼いている肉をじっと眺める。
彼女は鞄からパンを取り出し、それをナイフで半分に切った。そこに肉を挟み、カップに注いだスープと共に渡してくれる。
「どうぞ。隠し味は、溢れんばかりの愛情よ」
「それって隠せてないんじゃないか…?いただきます」
そしてその脂を洗い流すかのようにスープを流し込む。あ、これは魚から出汁を取ったのか。ほんのりと魚介の香りがして優しい味で、若干塩辛い味付けの肉とぴったりだ。
やはり、城で食べさせられた物とは比べ物にならない程に美味い。
「俺もうお前らが居ないと生きていけないわ……」
特に深い意味は無いが、そんなことを独り言のように溢すと、三人はくすくすと笑った。
こうして一ヶ月という修行の期間はあっという間に過ぎて行く。最初はよそよそしかった三人との距離もかなり縮まったと感じている。
数日に一回は物資が尽きて城に戻るということをしていたのだが、俺のスキル『収納』がほぼ無限に物を入れることが出来たお陰で、城に戻る回数が減った。
料理や野営だけでなく、戦闘に関しても、リリーやマリネ、ユキたちはとても頼りになった。そんな彼女たちから多くのことを学んだ俺は、着実に実力を伸ばした。もちろんステータスも上昇している。
一番驚いたのは、スキルの『スタン』の効果時間が三秒に延びたということだ。俺が老人になる頃には一年にまで延びていないだろうか。
「さて、今日で修行は終わりだ。少し早いけど戻るとするか」
「リョータくん、こっち向いてくれない?」
「ん、なんだ——」
ユキに呼び止められて振り向いた途端、頬に優しく手を添えられてくすぐったさを感じる。そのまま彼女は顔を近付け、互いの唇を重ねた。
突然の出来事で驚きはしたが、その温もりと彼女の甘い香りからか、すぐに安心感を抱く。
「……ごめんね、リョータくん。でも、
「ユキ…それって…」
「リョータ、次は私〜!」
今度はリリーが飛びついて来た。強く抱きしめ、『えへへ』と俺を見上げる。
彼女は、俺を抱きしめていた手を肩に乗せて背伸びをする。そして、突然体重をかけられて前屈みになった俺と無理やり唇を重ねる。それが離れると、『私もユキと一緒だよ』と笑みを見せてきた。
「リョータ様、最後は私よ。全く…どうして私が順番を譲らないといけなかったのかしら」
今度はマリネだ。俺はどう返事をして良いのか分からずに、と言うかそんなことを考える余裕も無く、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。
照れ隠しなのか、顔を逸らして髪を指先でいじりながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「……本当にリョータ様と出会えて幸せだったわ。こうやって私たちを対等に扱ってくれたのもあなたが初めてよ。奴隷として生まれて、奴隷として死ぬだけの最悪の人生でも、初めて生きてきて良かったって思たわ。勝手なことだって分かってるけど…それでも、どうしても、私も
こうして俺は三人とキスをした。もちろん悪い気はしないが、何故だか胸がざわつくような感覚がした。
そう、彼女たちの言動が、何故か永遠の別れを示しているかのように感じられたのだ。
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