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「お待たせ。一応私10前行動出来るんだけど、私より先に来た人は、2人目だよ」
「!!!!」
『全然待ってません!!』
と言うつもりだった直史。しかし、目の前に現れた菟萌に、吸い寄せられるように、言葉は消え、瞳だけが煌めいた。菟萌は、ツインテールで直史の前に現れたのだ。大人っぽいノースリーブに、ロングスカート。華奢なヒールのミュール。何処から何処を見ても、依里ちゃんに勝るとも劣らない。…いや、直史の中では、圧倒的に菟萌の方が勝っていた。とても24歳とは思えない。こんな大人びた人でも、こんなにツインテールが似合うんだ…。直史は、少し興奮さえ覚えた。
「緒方君?どうした?やっぱり、年甲斐もなかったかな?」
「か…可愛い…」
と直史が、敬語も冷静さも緊張も忘れ、一言呟いた。その言葉に、何だか急に自分の格好がおかしくないか、全身鏡で確かめたくなった。
「お…おかし…」
と言いかけた時、
「先輩!俺と…俺と、付き合ってください!!先輩、俺のすべての理想が詰まってます!!」
「…」
(告白の仕方まで…羅賀と一緒だなんて…)
そんな菟萌の頭の中に浮かんでいる羅賀の想い出を知りえない直史は、照れたように自分の元へ駆け寄ってきてくれた菟萌の顔が、曇ったことに気付いた。
「あ…やっぱり…ダメですよね…すみません…」
「…そうじゃないの…そうじゃないんだ…。ごめんね。気持ちは嬉しいよ。私も…緒方君の事…好き…だし…」
「…え…?えぇ!?」
直史は、この世はもう1分後に滅亡しても良いと思うほど嬉しかった。
「…でも…聞いて良い?」
菟萌は、少し俯いて口を開いた。
「私の何処が好き?」
「オタクを…気持ち悪がらないところ…とか、今まであった人の中で、そんな女の人、いなかったから…それに、先輩すごい奇麗だし…僕みたいなチビで…仕事も出来なくて…」
「し…」
突然、菟萌が直史のくちびるに人差し指を押し当てると、一気に直史に緊張が走った。ドッドッドッ…心臓が激しく鼓動する。たった1つ年上なだけ。見下されていると思っていた。自分なんか相手にしてもらえないと思っていた。自分のコンプレックスがやけに気になった。…それは、苦手だったからではない。そうだ。好きだったからだ。それを、人差し指が気付かせた。
「映画…行こうか」
くるっと身を翻すと、ツインテールがふわっと揺れた。綺麗な綺麗な、羅賀が守ってくれた長い黒い艶々の髪の毛が、直史の目線をくぎ付けにした。そっと前を歩き始める菟萌にまるで羅賀のように弱々しくついてく…そんな距離感で2人の初デートが始まった。
「ふっ」
映画館で映画を見ていて、菟萌は思わず笑ってしまった。泣いている。こんな三流映画に、胸の何処をどう動かされたと言うのか…。そぉっとハンカチを渡すと、
「持ってます。俺、涙もろいんで…うっ」
泣きながら、隣で笑う私に謝りつつも、感動し続ける直史。
最初は笑っていた菟萌だったが、次第に胸が苦しくなってきた。ちらつくのだ。まるで外見だけは違っても、趣味も、泣きのツボも、告白の仕方とその変なタイミング。なんで、こんな風に出会ってしまったのだろう?なんで、こんな人に出逢ってしまったのだろう?羅賀はいないのに、羅賀が戻ってきたような感覚を、1日中ぶら下げて過ごした。
だから、どうしても、直史の気持ちに応える事は出来ないと思った―――…。
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