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「緒方君、君、寝癖、直した方が良いよ」
菟萌が、直史に笑って話しかける。直史は少し驚いたように、
「あ…やっぱ、まずいですかね?俺、朝、めっちゃ弱くて…。すみません」
と、苦笑い…と言った感じで応えた。直史は、この日、初めて菟萌の方から話しかけられた。…事に気付いた。今まで、必要以上に自分に話しかけてくる事の無かった菟萌が、少し笑って自分を突っ込んで来るなんて…。意外…としか言いようがない。直史は、菟萌が苦手だった。いつも大人びてて、上司や先輩を軽くあしらい、何処か上から目線で、幾ら仕事とは言え、話しかけても素っ気ない。所詮、地味で、チビで、仕事が出来るとは言えない自分を、見下しているに違いない。…と、普段、そんなに気にしない自分のコンプレックスを、菟萌の前だと何だか恥ずかしくさえ思い、自分を卑下していた。
「それ、依里ちゃん…だよね?」
「え?」
直史は、目を丸くした。まさか、菟萌の口から、依里ちゃんが出て来るとは、夢にも思っていなかった。
「まだ、ツインテールなんだ。私は真似、出来ないね」
菟萌は、そう言って笑って見せた。
「そっ、そんな事ないです!先輩のロングなら、ツインテール、きっと似合います!」
思わず、直史は叫んだ。なんだなんだと、その声に社内の目が集中する。ハッとして、直史は縮こまる。そんな同僚たちと直史を置き去りに、菟萌は、
「あはは。ありがとう。じゃあ、今度、ツインテールで出社しちゃおうかな」
増々フロアがざわめく。
「み…」
直史が何か言いかけた時、
「川口、ツインテールすんの!?マジで!?スマホで撮らして!」
「俺も!出来れば、ゴムはリボンで!!」
「じゃあ、シャツはストライプが良いよな!!」
男性社員たちが、一気にどよめき出した。もう、そのきっかけをくれた直史の存在などどうでも良いと言わんばかりに、菟萌に群がって来た。
「ふっ…嘘よ」
と、菟萌がいつもの様に、自分が気にしない、男たちを手玉に取るように、笑った。『あぁ…なんだ冗談か…』と言わんばかりに、男性陣から溜息が零れた。その溜息を、まき散らすかのように、
「みっ…見たいです!先輩の…ツインテール!!」
直史の声が響いた。男性陣…いや、一番の驚いたのは、菟萌だった。菟萌も薄々気付いていた。直史が自分を苦手だと思っている事に。その直史が、顔を真っ赤にして、自分に向かってとんでもない事を叫んでいる。
「緒方…お前、諦め悪いなぁ」
わっと笑いが起きた。驚いた顔をした菟萌だったが、すぐに、意地悪な微笑を浮かべると、直史に、
「だから、冗談だってば」
「あ…ですよね…すみません…」
耳まで赤い。
(やっぱり…俺、見下されてる…)
直史は、また卑屈になった。しばし、笑いが社内を包んだが、みんなさっさと仕事に戻って行く。その視線が完全に菟萌から外されると、菟萌は、書類の束を、トントンと、机の上で整えると、まだ赤くなって縮こまっている直史に、
「緒方君、これ、目、通しておいて。今週末までで良いから」
と言って、書類を手渡した。
「あ…は…い…?」
その書類の1番上に、付箋で電話番号らしき数字が書いてあった。
「いつでも良いから」
そう人差し指をくちびるにあて、コソっと直史の耳に残していった。
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