第40話 ……喉が渇いた

 商業の神と名乗るだけあって店が多いな。


 周囲を見ながら歩いていると、食べ物や武具、雑貨屋などがずらりと並んでいる。あまりにも多いから、似たような店が近くに何件もあって、潰し合っているぐらいだ。これじゃ新規参入なんて難しいだろう。


 長男なら親から店を引き継げるが、二男以降は悲惨だろうな。上級機械ゴーレムが考案した法によって選択肢は商人しかなく、だからといって新規店舗は出せない。仮に資金があって運良く開店させても、競合に潰される未来しかなさそうだ。


 そいつらの将来行き着く先は……ああ、なるほど。しばらく考えて答えが出た。


 行商人か。


 危険だけど、誰かがやらなければいけない仕事。それを商人として、あぶれた人たちにさせているのか。ラビアンたちは、そういったパターンで行商になったのかもな。


 答えが出てスッキリした。


 次は裏を見てみよう。


 人が少ない道を選んで奥に進んでいくと、地面にゴミが落ち始めた。死体は転がっていないものの生ゴミが多く、残飯を漁っている子供たちがいる。近づくと顔を上げて俺を見た。


「……」


 目が合って見つめ合うと、しばらくして残飯あさりを再開する。俺のことなんて気にしてないようだ。


「そんなもん食べて腹はこわなさいのか?」


 気まぐれで聞いてみた。


 再び子供は俺を見ると、手を出したので金貨を一枚投げ渡す。


「…………おじさんってバカ?」


 やはり金貨はやりすぎだったか。


 冷めた目で罵倒されてしまった。


「細かいのがないんだよ」

「それは困る。取られちゃうから」


 大金を持っていたら大人に奪われるのだろう。いやそれだけならマシだ。金貨を手に入れた方法を教えろと、暴力を振るわれる可能性もある。


 貧しいからこそ、多くと持ちすぎない。処世術というやつだろう。


「だったらこれをやる」


 シェルターから持ってきた保存食のクッキーを投げ渡した。子供はすぐ口に入れる。


「甘い。美味しい」

「だろ? 話せばもう少しやるぞ」

「……喉が渇いた」

「ちッ」


 面倒なヤツだ。次に金属製の水筒も渡すが、使い方がわからないようだったので蓋を開けてやった。


「ありがとう」


 ゴクゴクと勢いよく水を飲んでいく。


 暇なので眺めていると、残飯を漁っていた他の子供達も近寄ってきた。


「おじさん。私も欲しいよ」

「お腹空いた」

「食べ物ちょうだい」


 どんだけいるんだよ。貧富の差が激しすぎだろ。少しは格差を無くす努力をしろよな。


「俺の質問に答えるのであれば、腹いっぱい飯を食わせてや」


 集まった子供たちが首を縦に振った。


「少し待ってろ」


 先ほど渡した金貨を奪い取ると表通りに戻る。


 まずは大きいリュックを買ってから、果実やパン、焼いた肉を入れていく。飲み水も必要だろうから、いくつか買っていこう。


 金貨一枚を使い尽くすほどの食料を購入し終わったので、裏路地に戻る。


「増えてないか?」


 ご飯を恵んでくれるなんて噂が、出回ったのかもしれないな。かなりの量を買ってきたのだが、足りないかもしれない。


 子供達は死んだような目をしながら、手で腹を押さえ、じっと待っている。不気味なほど静かだ。


「飯を渡す前に聞きたいことがある。帰る場所はあるのか?」


 全員が同時に首を横に振った。


 家がないというのであれば、両親は死んでいるのだろう。孤児院が空いていれば路上で生活なんてしていないだろうから、彼らは社会から見捨てられた存在というわけだ。


「ここで生活して、大人になったら仕事をするのか?」


 子供達はお互いの顔を見ながら、誰が答えるか無言で押しつけ合っている。


 無駄な待ち時間を過ごしていると、俺が最初に声をかけた子供が口を開く。


「僕は生き残れたらキメラハンターだよ。アイツは高所限定の作業員で、そこにいる女は娼婦」


 次々と近くにいる子供を指さして将来の職業を伝えていく。


 親の職業を継がなくて良い代わりに、社会では危険でやりたがらない仕事ばかりを斡旋されるのか。


「生き残れないときもあるのか?」

「うん。飢えや寒さで死んじゃうときもあるからね」

「辛くないのか?」


 運良く生き残れても、生存率の低い仕事に就かされる。絶望しても不思議ではない状況なのに、子供たちはそう見えなかった。


 理由が知りたい。


 なぜ残飯を漁ってまで、生きようとするのか。


「うん。だって神兵様に認められたら、素敵な世界に連れて行ってもらえるからね」


 このときだけは笑顔だった。

 しかも全員が同時にである。


 真っ昼間だというのに背筋に嫌な汗をかくほど、恐怖を感じてしまった。


 神兵に連れて行かれた子供はキメラの森に捨てられ、処分されるという真実を知っているが、言える雰囲気ではない。


「……認められると良いな」

「うん!」


 知的好奇心を優先して現地調査をしたのだが、少しだけ後悔をしている。気分が悪くなるような話ばかりで嫌になる。


 リュックを地面に置いて買ったばかりの食料を取り出す。


 ぐーと、誰かの腹が鳴る音が聞こえた。


「たくさん買ってきたが、足りないかもしれない。ケンカせずに分け合えよ」

「わかった。約束する」


 体の大きい子供が俺に言った。後ろには子分らしき男が数人いる。この集団をとりまとめているのだろう。


「では、頼んだ」


 仮に違ったとしても俺には関係ないので、楽ができるので任せることにして立ち去った。

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