第5話 恋中さんと連絡先を交換した

 プログラムが完了した後、それっぽい数式を作ってバイト先を機械的に評価した。


 例えば移動距離が500メートル以内なら100点で、100メートル遠ざかる度に減点3みたいなことを全ての項目で行った。


「うん、良い感じ」


 俺はトップ10を見て呟いた。

 流石に即決は難しいが、有りだと思える条件がいくつか存在している。


 さて、後は一晩くらい考えたいのだが……


「恋中さん、これスマホから見られる?」


「はい。URLが分かれば誰でも見られる設定にできます」


「お願いしても良いかな?」


「分かりました」


 恋中さんは笑顔で返事をした後、何故か急に俯いた。それから両手を太腿の間に挟み、ゆっくりと身体を前後に揺らしている。


 おっぱい。

 ああいや、違う。早まった。


 両腕に挟まれたことで、ただでさえ豊かな膨らみが強調されている。それはもう、とてつもない破壊力だった。だから俺は唇を噛みながら目を逸らした。


「問題があります」


「……なんでしょうか」


 思わず敬語で返事をする。

 恋中さんはとても小さな声で言った。


「君の連絡先が分からないです」


「あれ、教えてなかったっけ?」


「……はい、知らないです」


「じゃあ、はい、これ、メアド」


 スマホ画面を見せると、彼女はポカンと口を開けた。そして数秒後、両手で目を隠して言った。


「まだ見てないです!」


 行動が謎過ぎてかわいい。


「良いんですか? 私に連絡先を教えると、連絡されますよ」


「そりゃ、そのための連絡先だからな」


「返事が遅いと病みますよ! 徐々に返信が遅くなって最後はフェードアウトとか、そんなことになったら自分が何をするか分からないですよ! お部屋が隣なので君に逃げ場は無いですよ! それでも良いのかしら!?」


「構わないよ。ラインも教えようか?」


「ルァイィンヌ!?」


 恋中さんマジで面白い。

 俺は笑いを堪えながら、あたふたする様子を見守った。


「……取り消せないですからね」


「取り消さないよ」


「現実の恋中さんはブロック不可ですからね」


「しないよ。俺が恋中さんに嫌われたら別だけど」


「嫌わないです!」


「じゃあ、大丈夫だ」


 恋中さんは胸の前で両手を握り締め、嬉しそうに目を輝かせた。


 連絡先の交換なんて日常的にやってるが、こんなに喜ばれると俺まで照れてしまう。


「QRコード、見せてください!」


 その後、ラインとメールアドレスを交換して、メールの方にスプレッドシートのURLを受け取った。


 俺はアクセスできることを確認した後、感謝を伝えようとして恋中さんを見る。


「えへ、えへ、えへへへ……」


 満面の笑みでスマホ画面を見ている。

 俺は彼女の写真を撮りそうになったが、グッと堪えて記憶に焼き付けることにした。


 ……友達が増えたら、もっと喜ぶのかな。


 ふと、そんなことを思った。

 残念ながら今の高校に紹介できる友達は居ないけれど、覚えておこう。


「そうだっ」


 と、恋中さん。


「そろそろお昼ですけど、何を食べるか決めてますか?」


「いや、全然決めてない」


「私はいつも自炊してます。せっかくなので、一緒にどうですか?」


「ありがと。何か手伝えることあるかな?」


「いえいえっ、バイト先でも考えながら待っててください!」


「それは悪いよ。俺が落ち着かない」


「私が作りたいだけなので、気にしないでください」


「じゃあ、せめて食費を出させてくれ」


「私の収入、忘れたんですか?」


「いいや、ここは譲らない」


 俺が少し語気を強くして言うと、恋中さんは少しムッとした。


「そんな顔をしてもダメだ。このままだと、俺が貰ってばかりになる」


「……分かりました。じゃあ200円です」


「了解。ちょっと財布取ってくる」


 俺は腰を上げ、部屋を出た。

 一分くらいで戻ると、


「おかえりなさい♪」


 狭いキッチン立った恋中さんが楽しそうに言った。


「……ただいま」


 俺はボソッと返事をした。


 だって、仕方ないだろ。

 彼女に「おかえり」とか言われたら、誰だって照れるはずだ。俺がチョロいとか、そういうわけじゃない。


「後ろ、通るから」


「はい、小さくなりますね!」


 俺は真っ直ぐ部屋に戻ってドアを閉める。

 そして音を聞かれないように気を付けながら、長い息を吐きだした。


「……友達って、なんだっけ」


 恋中さんはこれまでに接した誰とも違う。

 俺自身、どういう接し方をするのがベストか分かりかねていた。


「あれ、こんなノート落ちてたっけ?」


 落ち着かなくてキョロキョロしていると、机の下に一冊のノートを見つけた。よく見ると近くに本棚がある。


「戻しとくか」


 呟いて、ノートを手に取った。

 べつに意図したわけではないが、自然と表紙が目に入る。


「KDP? プログラミング関連かな?」


 参考書っぽい外見ではないから、勉強用に作ったノートだろうか?


 俺は好奇心に負けてページを捲った。


「字、綺麗だな」


 手書きのノート。

 1ページ目は「はじめに」という文字から始まっていた。


『はじめに。

 このノートは、高校デビュープロジェクト(以後KDP)について記したものである』


 俺はノートを閉じた。

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