3-7 ユイトの推理・異種族犯人説

「これはヴァンパイアの国で起こった実際の事件だ」


 そう前置きして、ユイトはクイズを出した。


「ある時、友人たちがワインを持ち寄って、一人暮らしのAの家でパーティーをすることになった。


「パーティーの途中、Bは『用事を思い出したから帰る』と言った。

 また、Cは『もう朝になるから』と言って、D、Eと一緒に帰った。

 その帰り道で、Dは『忘れ物をした』と言って、Aの家に引き返した。

 夕方になると、Eは再びAの家へ遊びに行った。しかし、すぐに憲兵のところに向かった。『Aが刺殺されている』と。


「ただパーティーが終わった時点でもう朝が近かったから、Aが今更他の誰かを家に上げたとは考えにくかった。つまり、犯行時には、現場は密室になっているはずだった。

 さて、Aを殺したのは一体誰だったでしょう?」


 ユイトとロレーナは、トランシール公国へと向かう馬車の中にいた。


 事件の真相は未だに不明なままだったが、バーナの街での事情聴取はあらかた済んだ。だから、今度はその情報を持ち帰って、カルメラたちにも検証してもらうことにした。


 それで移動時間に頭の体操として、二人は例のごとくクイズに興じていたのである。


 ヴァンパイアの特徴に慣れたからか、ユイトのクイズに慣れたからか、ロレーナはすぐに回答に入っていた。


「素直に考えればDですよね。忘れ物をしたと言って家に上げてもらって、その時に殺せばいいわけですから」


「最初は憲兵もそう判断したんだ。でも、Dは一向に罪を認めなくてね」


「それでは、Eが自分で殺しておいて、さも第一発見者のように振る舞ったのでは?」


「それも疑われたけど、死亡推定時刻は彼が家を訪れるずっと前だったから」


 この世界の検死はさほど精度が高いわけではないから、実のところ死亡推定時刻を偽装することもできなくはない。しかし、今回のクイズに関しては、その可能性は考えなくてよかった。


「犯人はパーティ中に毒を仕込んで、Aがあとで飲むように仕向けた。Aが死んで結界が解除されたあと、家に侵入して刺殺に見えるよう工作した……というのは?」


「中毒死の痕跡はなかったからね。死因は刺殺だったと考えていいよ」


 これも死亡推定時刻の話と同様である。死因の偽装自体はできるかもしれないが、今回のクイズでは無視していい。


「問題文にひっかけがありますか?」


「いい着眼点だね。その通りだよ」


「『犯人は誰か?』ではなく『Aを殺したのは誰か?』なので、実は自殺だったとか?」


「僕も最初はその可能性を疑ったけど、特に自殺する理由は見つからなかったね」


 DやEに殺人の罪を着せるために、他殺に見せかけて自殺した……と推理したのだが、結局そこまでするほどの確執は確認できなかったのだ。


「『ヴァンパイアの国の事件』というのがひっかけで、登場人物の中に人間が混ざっていた?」


「それはないよ。実際の事件だから」


 ユイトは即座に否定した。仮に今の推理が正しかった場合、人間がヴァンパイアの国に密入国する方法があることになってしまう。


 もしそんな方法が実在していれば、それが真相ということで今回の事件も解決していただろう。いや、そもそも国が対策を取るだろうから、事件自体起きなかったはずである。


 これを聞いたロレーナは、クイズではなく今回の事件について考え始めるのだった。


「……やはり、人間が検問を突破するのは不可能なんでしょうか?」


「あれだけ厳重なチェックを抜けるのは難しいかもしれないね」


「ということは、犯人はヴァンパイアということですか」


「そうとも限らないと思うけど……」


 と答えつつ、ユイトはその線をもう一度検討することにする。


「仮にそうだとすると、動機から言って、犯人候補は融和派の中心人物であるベルデさんか、第一発見者で中立派の――」


「ランス・バーニィバーンは孤立派でしょう」


 ロレーナはそう訂正してきた。声色からいえば、抗議や非難をしてきたと言うべきかもしれない。


「……すみません」


 彼女はすぐに我に返って、今度はそう謝ってきた。尻尾が見えていたら、きっと力なく垂れ下がっていたことだろう。


 ロレーナが声を荒げた理由はおおよそ分かっている。だから、ユイトは決して彼女を叱責するような真似はしなかった。


「事情聴取の時も妙に突っかかってる気がしたけど、やっぱり気のせいじゃなかったんだね? ランスさんのことを中立派だと思っていたから、実は孤立派でショックだったんだね?」


「…………」


「ロレーナ君は、彼みたいな人がタイプなの?」


「なんでもかんでも恋愛に結びつけないでください」


 ルドルフとベルデの件を思い出したのだろう。ロレーナは呆れたように眉根を寄せる。


 しかし、その反応を引き出すことこそがユイトの狙いだった。


「ショックだったって方は否定しないんだ?」


「……そうですね」


 しばしの間逡巡していたようだが、ロレーナは最後にはそう認めるのだった。


「トマトジュースを出してくれたり、ウェアウルフについて知ろうとしてくれたり、中立派どころか融和派に見えましたからね。失望したというのは否定しません」


「そうだね……」


 ユイトは深く頷く。彼女を慰めるためでもあるが、自身の本心でもあった。


 種族間の問題は、単に感情論だけでなく、特徴や歴史も絡んだ複雑なものである。孤立派を一方的に悪だと断じることはできない。


 だが、中立派を標榜するランスが孤立派の傀儡で、異種族に対する柔和な態度は計算ずくのものに過ぎなかったというのには、裏切られたような気持ちを抱かずにはいられなかったのだった。


「でも、ヴァンパイアの中にも、ベルデさんみたいな人がいるわけだから」


「……彼女は本当に融和派なんでしょうか? 彼女も孤立派の手先だったりしませんか?」


「特にそれらしい言動はなかったと思うけど……何かあったの?」


「具体的にどうというわけではないですが……」


 少なくとも、ユイトの記憶の中では、ベルデは一貫して融和派らしい態度を取っていた。ランスのことがあったから、ロレーナは疑心暗鬼になってしまっているのかもしれない。


「ちなみに、僕は一応融和派だよ。異世界人で、この世界の人たちの偏見には染まってないつもりだから」


「それを疑ったことはないです」


 ロレーナはそう即答かつ断言していた。


 ベルデの時とは違って、彼女の表情には何の迷いも見られない。信頼を通り越して、もはや盲信されてしまっているのだ。


「でも、僕にだって差別感情はあるよ」


「嘘でしょう」


「嘘じゃないよ。ウェアウルフに『犬のおまわりさん』と言ってしまったり、リザードマンを恋愛対象から外してたり」


 犬扱いがウェアウルフへの侮辱だとは分かっている。しかし、ロレーナの言動をしばし犬になぞらえたり、犬と比較したりしてしまっていた。


 リザードマンは言うなれば人型のトカゲやヤモリで、顔つきや鱗のある肌がそれそっくりである。そのため、個人の性格を見ることなしに、ただリザードマンというだけで最初から結婚できないと決めつけてしまっていた。


 このユイトの告白を聞いて、ロレーナはむしろ安堵したような顔をする。


「それくらいなら、誰にだってあることでしょう。私なんてもっとひどいですよ」


「だから、ベルデさんに差別感情があったとしても、その程度のものだと思うよ。ウェアウルフは歯が全部尖っててちょっと怖い、とかね。

 逆に孤立派のカルメラさんだって、異世界人の僕には優しいところを見ると、異種族と融和する気持ちを一切持ち合わせてないってわけじゃないと思う。多分だけど、ランスさんもそうなんじゃないかな」


「……かもしれませんね」


 単なる願望かもしれない。都合のいい妄想かもしれない。


 しかし、そんなユイトの推理を、ロレーナは受け入れたようだった。


 二人がそうして話している間にも、馬車は道を進んでいく。日が沈み、馬車が森の中に入ったことで、あたりは暗さを増していった。


 ただし、これは出発時刻を調整した結果によるものでもある。おかげで、ちょうど夜中に――ヴァンパイアが本格的に活動をする時間帯に、トランシール公国に到着することができたのだった。


 公国に戻ってくると、話題も元のものに戻っていた。


 馬車から降りた瞬間、二人は事件についての話し合いを再開していたのである。


「勇者様はヴァンパイアと人間のどちらが犯人だとお考えですか?」


「どちらでもないかな」


 そう曖昧に答えると、ユイトはまずヴァンパイア犯人説の欠点を説明する。


「家の出入りで、結界に関しては毎日検証しているようなものだからね。誰も気づかないような抜け道があったっていうのは考えにくいと思って。だから、犯人はヴァンパイアじゃないんじゃないかな」


 ただ先入観を与えて、ロレーナの推理の幅を狭めてしまってはまずい。ユイトは「もちろん、日常的過ぎて盲点になっているってこともありえるけど」とも付け加えておく。


「しかし、人間の犯行でもないとお考えなのですよね? もしかして、他の種族の犯行ということですか?」


「家の結界が効かないのは人間だけじゃなくて、ヴァンパイアを除く異種族全般だからね」


 最初に人間犯人説を唱えた時、ロレーナもちらりと同じようなことを口にしていた。そのため、異種族犯人説もまったく考えなかったわけではなかったようだ。


「ですが、たとえ他の種族でも、検問の突破が難しいことには変わりないのではありませんか?」


「そうだろうね」


 ロレーナの反論を、ユイトはあっさり肯定していた。


「エルフは耳が長くて尖っているし、ブラウニーは小柄で肌が茶色い。ラミアは下半身が蛇だし、トレントに至っては全身が木みたいになっている…… 大抵の種族は、まず見た目からしてヴァンパイアらしくないんだ。

 だから、チェックを受ける以前に、外見だけでもう検問官にはじかれてしまう可能性が高い。異種族が検問を突破するのは、人間以上に難しいだろうね」


「……はい?」


「別に矛盾はしてないよ」


『異種族が犯人』という答えに間違いはない。ユイトはそう確信していた。


 間違いがあるのは、答えではなく問いの方だったのだ。


「犯人がやったのは国に侵入することだろう? 検問を突破することに固執する必要はないんじゃないかと思って」


「どういうことですか?」


 ロレーナの疑問に、ユイトは視線で答える。


 目の前には、高くそびえるがあった。


「犯人は壁を越えて国に侵入したんだよ」

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