第二章 同種族間の密室
2-1 現場検証
ヴァンパイアは……
・身体能力を上昇させる強化魔法が得意。特に再生力に優れる。また、長命でもある。
・属性魔法、すなわち火・水・風・土・雷・氷を操る魔法も得意である。
・異種族を後天的なヴァンパイアにする同族化の魔法が使える。
・変身魔法で背中に翼を生やして、空を飛ぶことができる。
・日光が弱点で、短時間浴びるだけで日焼けや火傷を起こし、長時間浴びると灰になってしまう。
・ニンニクで中毒を起こす。同じ成分を含むネギやタマネギなども同様である。
・銀でつけられた傷は再生力が落ちる。また、銀を使った鏡には姿が映らない。
・結界を張る魔法に極端に弱く、招かれないと他人の家に入ることすらできない。
「――ということで間違いありませんか?」
目的地へと向けて歩く道すがら、ロレーナはそう確認を取っていた。
今日ユイトの講演を聞いて、ヴァンパイアに関する情報を得たばかりである。そのため、次はその情報が正しいか否かを、ヴァンパイア自身に尋ねようと考えたのだろう。
にもかかわらず、カルメラは何も答えなかった。
「…………」
専門分野とはいえ、自分の知識に間違いがないとは限らない。正誤を確かめておきたいのはユイトも同じだった。
「カルメラさん、今の話は正しいですよね?」
「ええ、その通りですよ」
今度は即答だった。
万に一つくらいは、単に聞こえなかっただけかもしれない。ロレーナはそう思うことにしたようで、引き続きカルメラを相手に質問していた。
「では、まず強化魔法から詳しい確認をさせていただきます。特に再生力に優れるそうですが、具体的にはどれくらいの怪我までなら治るのですか?」
「…………」
「指くらいなら生えてくると聞きましたが」
「…………」
二度尋ねられて、カルメラは二度とも答えなかった。意図的に無視を決め込んでいるのは明らかだろう。
瞬間、ロレーナは腕を狼風に変身させていた。
「答えないのは、あなたの体で試していいという意味ですか?」
「ロレーナ君」
ユイトは彼女が構えた腕を掴むと、凶器と化したそれを下げさせた。今ここで暴力を振るっても、ロレーナの立場は良くなるどころか悪化してしまうだけだろう。
「勇者様、ご心配は無用です。『吠える犬は噛みつかぬ』と申しますからね」
「カルメラさんも」
元をただせば、彼女がロレーナを無視したのが事の発端である。たとえ挑発を口にしなかったとしても、ユイトはカルメラを注意をするつもりだった。
「僕は事件の解決のために来たんです。二人で新しく事件を起こすつもりなら帰らせてもらいますよ」
ロレーナは冷静沈着で礼儀正しい性格だと思っていたが、案外気が短かったようだ。その上、言動から察するに、かなりの攻撃性・暴力性を内に秘めているらしかった。忠犬のような印象はうわべのもので、本質は狂犬や
カルメラの第一印象はできるキャリアウーマンという風だったが、実際には私的な感情を平気で仕事に持ち込むタイプだったようである。もしくは、普段は私情を抑えられているが、異種族に対する差別感情だけは制御できないタイプだとも考えられる。
二人を注意する時にも、『勇者様』は決して声を荒げていなかった。しかし、その内容の強硬さから、心中で何を思っているかは伝わったらしい。
だから、カルメラもさすがに態度を改めるしかなかったようだ。
「……ああ、そうだ。指くらいなら生えてくる。さすがに腕ともなると無理があるが、繋げるだけなら難しいことじゃない」
強化魔法に続いて、次は属性魔法を。さらに同族化や変身の魔法、また日光や銀といった弱点に関しても、ロレーナが詳しいことを尋ね、カルメラがそれに答えていく。だが、特に目立って新しい情報はなかった。
「次に事件についてですが、『被害者はめったに家に他人を上げなかった。だから、水瓶に毒を仕込むことのできたヴァンパイアはいなかったはずだ』と皆さんは推測されているんですよね?」
「知人たちに聞いても、『会う時はいつも自分の家かどこかの店だった』とか、『もう何十年も家に上がっていない』とかいう証言ばかりだったからな」
「しかし、絶対に上げなかったというわけではないのでしょう?」
「それについては現場を見れば分かる」
食い下がるロレーナに対して、カルメラはそう断言した。
ユイトに注意されたのが効いているか、ロレーナはカルメラの弁に大人しく従うことにしたようだ。不承不承という顔しながら、それでも彼女について歩いていく。
一行が向かっている目的地とは、被害者のヴラディウスの家のことだった。
事件解決のために、まずは現場検証をするつもりだったのだ。
「これは……」
玄関に入るなり、ロレーナは絶句していた。
議会の重鎮だけあって、広々とした大きな屋敷だった。しかし、ワインボトルなどのゴミがそこかしこに転がり、
家主に常識的な感覚があれば、とても家に人を上げようとは思わないだろう。また、家に上げてもらえるように、客が家主に頼むということもないだろう。
「寝泊まり以外にはほとんど使っていなかったらしい。それどころか、家に帰らないこともあったようだ」
屋敷の中がここまで汚れたままになっている理由を、カルメラはそう説明した。
「ちなみに、その時はどこに泊まっていたんですか?」
「女のところです。複数の愛人がいたようですから」
「そういえば、女癖の悪さで離婚されていたんでしたっけ」
「ええ」
ユイトが確認のために尋ねると、カルメラはそう頷いた。
ヴラディウスが何度も何度も浮気を繰り返したせいで、妻から愛想を尽かされてしまったらしい。しかも、彼はこの手の離婚自体も繰り返していて、四度目以降はとうとう再婚自体しなくなったという。
だから、「私生活がだらしない」という話はユイトも小耳に挟んでいたが、それは女性関係に限ったことではなかったようだ。以前会った時には、髪型や服装がきちっと整っていて身綺麗な印象を受けたから、まさかこんな汚い屋敷で暮らしているとは思いもしなかった。
「過去に家に呼ばれたことがあるという者によると、その時は家の中は綺麗だったそうです。どうやら不定期で家政婦に掃除をさせていて、他人を招待する時もそうしていたようで」
「つまり、この汚れようだと、事件当日どころか、もう数ヶ月以上は他人を家に上げていない可能性が高い。かといって、数ヶ月前に招待された時に水瓶に毒を混入したとすると、被害者が今更初めて水を飲んだことになってしまって不自然だ……と」
「そういうことです」
ユイトの確認に、カルメラは今回も頷いていた。事実、最後に家政婦に掃除を依頼したのは、八ヶ月前まで遡ることが確認されているらしい。
しかし、ロレーナは簡単には納得しなかった。
「たとえば、急用があると言って、無理矢理家に上げてもらったということは考えられませんか?」
「知人たちによれば、そういう場合も玄関先で対応されたそうだ」
「その時だけは違ったという可能性は?」
「間取りからいって、それも考えにくい」
これも口で説明するよりも、実物を見せた方が速いと思ったのだろう。カルメラは屋敷の中の案内を始めた。
まずは玄関のそばにある部屋のドアを開ける。
「こっちが応接間」
次に、廊下をずっと進んでいって、屋敷の奥の部屋の前まで向かう。
「そして、こっちが水瓶のあった台所だ」
これにはロレーナも語気を弱めていた。
「場所が離れているんですね……」
「だから、表向きとはいえ急用で上げてもらったのに、毒を入れにいくような機会があったとは思えない」
ヴラディウスが例外的に客を家に上げるような、重大な事態の最中なのである。席を外しても許されるのは、トイレに行く時くらいではないか。しかし、そのトイレは応接間の近くにあるため、もし台所まで向かえば物音や時間で気づかれてしまうことだろう。
「被害者が自ら犯人を家に上げたというのは、ありえなくはないにしろ、かなり苦しいみたいだね」
ユイトは改めてそう結論を出す。これを聞いて、ロレーナもようやく納得したようだった。
だが、彼女は早くも次の疑問を口にしていた。
「毒が検出されたのは、本当に水瓶とコップだけでしたか?」
「ああ」
「水は庭の井戸から汲まれたものですよね? そちらは調べましたか?」
「当たり前だろう」
自分たちの捜査能力を疑われていると思ったらしい。カルメラは苛立ったようにそう答える。
ただロレーナはあくまでも事実を確認して、仮説を立てようとしていただけだった。
「井戸に毒を入れて、被害者が汲んだあとで、魔法で水を出して薄めたというのはどうですか?」
「それだと増えた
しかし、カルメラら憲兵隊が調べた時、特に水嵩に異常はなかったという。
かといって、増えた水を汲み出して減らそうとすれば、被害者や近所の者に発見されるリスクが生じてしまうだろう。
「それに水瓶の水の量は少なかったからな。毒殺される以前にも被害者は水を口にしたことがあったはずだ。最初から毒が混入されていたなら、その時に死んでいるはずだろう」
始めから少量しか水を汲んでいなかった、という可能性もなくはない。だが、わざわざ水を切らしやすくする理由がないだろう。ヴラディウスが水を汲んだあとで毒が混入されたと考えた方が自然である。
仮説を続けて否定されて、ロレーナは手詰まりになってしまったようだった。
「勇者様はどうお考えですか?」
「まだ情報不足かな」
ロレーナがカルメラに質問してくれたおかげで、気になっていた点を確かめることができた。しかし、それでも確認できたのはまだ一部に過ぎなかったのだ。
だから、ユイトもカルメラに質問を――しようとはしなかった。
質問をするのなら、もっとふさわしい相手がいたからである。
その時ちょうど、憲兵がその相手と共に屋敷に到着したようだった。
「第一発見者のランス氏をお連れしました」
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