プロローグ⑥

「で、ジャン君だったかな。君はさっき見たあのような光景に興味があるのだな」

「い、いや……。別に興味があるわけでは……」


 い、いや……。実はめちゃくちゃ興味あるんですけど


 僕は黙り込んでしまった。頭の中でいろいろな考えが渦巻いて、次に言うべき言葉を選びかねていた

 僕が黙り込んだので、会長は自分から動くべきと判断したのだろう。すっと前に進み出ると、ひざまずく僕の目の前に顔を近づけ、そしてじっと見つめてきた

 まるで深海へといざなうかのような青い目が僕の目の前にあった


 しばしの沈黙の後、会長の口から信じられないような言葉が放たれた


「美しい」


 僕にしか聞こえないようなささやき声


「上の兄ふたりに勝るとも劣らぬ美しさだ」


 そしてさらに僕の耳先に口元を寄せてこうささやいた


「もし興味があるのなら、この私が直々にレクチャーしてあげるとするかな」


 途端に僕の中で特大の鼓動がひとつ

 同時に首から上全体の体温が一気に10℃は跳ね上がる

 思ってもいなかった展開に、一瞬で頭の中が真っ白に


(えっ、やばい。やばい、やばい。やばいやばいやばいやばいやばい……)


 真っ白から一転、頭の中は引っき回したおもちゃ箱のよう。収拾がつかない。どうしていいのかわからない。その結果……


「だ、ダメー」


 僕は思わず彼を突き飛ばしていた……。つもりだったんだけど、なんせ体格が違いすぎた。まるで壁を突いた時のように、「突き飛ばされた」のは僕の方

 派手に尻もちをついた。でもすぐに立ち上がる。尻をはたく。頭がまだちょっとクラクラする


「結構です。で、では遅くなるので失礼します」


 僕は一目散いちもくさんにその場から逃げ出した

 後ろは振り返らない。取り巻き連中が何かギャーギャーわめいているみたいだけど気にしない


 ひたすら走り続ける間に考えていたのはひとつだけ


 BLはでるもの。決して「するもの」じゃない

 それに僕にはBLできない大きな、ものすごく大きな事情があるんだから


 だって、だってだって……


 私、本当は女の子なんだから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る