第2話 聖剣と魔剣

 二胡が落とされたのは街…ではなく、砂漠だった。あたり一面、真っ黒な砂。時間は昼くらいだろうか。砂漠のようなのに、意外と熱くない。

 多分、黒い砂が太陽を吸収しているのだろう。


「さーて、どこ行こっかな〜」


 あたりを見回すと、何も見えない。


「そういや今年の恵方は南南東だったな。どっちだろう。うん、だいたいこれくらいだな」


 歩き始めて1メートルほどで、フラフラになった。体力の限界を迎えたらしい。


「あいつ…。嘘つきやがった!」


 嘘はついていない。話を聞かない二胡が悪いのだ。体力のステータスは、1である。このままでは死んでしまう。


「ん?何だ、あの光るもの」


 目の端に、薄っすらと光るなにかが映った。渾身の力を振り絞り、手を伸ばして触れる。


〈聖剣の主として認められました。只今より、手続きを開始します。…魔力量を確認。不足しているため、補充します。体力を確認。剣を振れません。補充します。防御力を確認。風に耐えられません。補充します。生命力を確認。寿命はカゲロウより短いでしょう。補充します。攻撃力を確認。豆腐すら噛めません。補充します。瞬発力を確認。百メートル一時間。補充します。聖剣の受け入れに必要な各種耐性・魔法を獲得。JOBを異世界人から聖剣の使い手に変更。

 …手続きが完了しました。実行します〉


 世界に声が響きわたった。それは、二胡自身の声。他の誰にも聞き取ることのできない、彼だけのための声。


「聖剣…?これは聖剣なのか…?」


 二胡は、なんと言っていたのかいまいち聞き取れなかったらしい。それが聖剣だということしかわからなかったようだ。


「あ、抜けた。本当に聖剣っぽいな〜。そういえばなんか動ける?にしても立派な剣だな」


 白く輝く聖剣は、短剣ほどの大きさだった。しかし、その造りは美しく、贅が凝らされている。不思議と手に馴染んだ。


「これが聖剣か…。ちっちゃくない?鞘とかないの?不便じゃね?てかさ、なんで動けてるわけ?」


 わからないことだらけなので、とりあえず歩くことにした。


「ふいー。それにしても、黒い砂漠ってきれいだな〜。ダークな感じでいい。でもな〜。なんか聖剣がある雰囲気じゃないんだよね」


 伸びをしながらフラフラと歩く。


「あれだよね、魔剣的な。そういうのが眠ってそうだよね。なんで魔剣じゃなくて聖剣なんだろ。あ、待てよ?魔剣と聖剣を揃えたらなんかあるって言ってなかったっけ?」


 誰もそんなことは言っていない。

 しかし、思ったときには地面に這いつくばっていた。


「あるかなあるかな〜。お、あったー」


 二胡の灰色の瞳が捉えたのは、見るからに禍々しい剣。やはり、小さめだ。


「えいやっ」


 二胡が無造作に引き抜くと、


『うわーハハハハ!遂に我を抜くものが現れたな!呪い殺してやる!われの糧となれワハハハハ!って、お前は聖剣!なぜここにいるんだ!』

『抜かれた〜』

『そ、そうか…。てか、性格ちがくね?前はもっとかっこよかったじゃん!正義の権化だったじゃん!』

『御主人様に感化されちゃった〜。まあ〜?ある程度は影響受けるよね〜?』

『いや受けすぎじゃね?ご主人さまってどんなんだよ』

『まあそれはともかく〜。久しぶりだね魔剣〜』

『おう、そうだな。幼馴染だもんな。そういやお前のハニー元気か?』

『いやそれがさ〜。大昔に聖水の乙女に吸収されちゃった〜』

『そっか。可哀想になっておい!?それ俺の妹だぞ!?守れよ彼氏!』


「なんかにぎやかだな。何言ってんのかわかんないけど」


 魔剣たちの会話は、全て異世界語である。


『え、ご主人さま、なんて言ってんの?何語?って、ご主人さま!?』

『ごめんごめん〜。言い忘れてたけど仲間にしといたよ〜』

『忘れんなよ!ってか仲間にすんなよ!俺は仲間にしてほしそうにそちらを見てねえよ!?』

『え〜見てたじゃん〜。君めっちゃ寂しそうだったよ〜?』

『あーそれはまあ、うん。だって暇じゃん?』

『うん、暇だよね〜。剣ってやってらんないよね〜』

『うんうん。…待てよ?ってことは、ご主人さまに俺等の言葉インストールできるんじゃね?』

『そうだね〜。よろしく〜』

『任せろ!…っておい?なんでステータス全部カンスト間近なんだ?お前上げすぎだろ』

『え〜?してないよ〜?自我保てるギリギリだから、精々半分なはずだよ〜』

『じゃあなんでこんなことになってるんだ?運に至ってはカンストしてるぞ?…って、あれ?』

『どした〜?』

『俺無自覚にやってたわ。ステータスゴリゴリ上げてたわ』

『マジか〜。余裕ある〜?』

『無いな。これ以上やるとお前みたいになる』

『いいじゃんなりなよ〜。気楽でいいぞ〜?』

『断固拒否する!』

『じゃあどうすんだよ〜』

『別のアイテムを取ろう。賢者の書とかどうだ?』

『あれ燃えたぜ〜?』

『えっマジ?』

『マジマジ〜。割と最近だけど、五百年位前に魔王が燃やしてた〜。それがトリガーになって勇者が誕生してたけど〜』

『俺あの姉ちゃん結構好きだったんだけどな…。色気もあるけどたまに可愛くね?』

『あれ俺の姉ちゃんだよ〜』

『…マジ?』

『マジ〜』


「ほんとにうるさいな。何してんの?何言ってんの?ていうか、話せるんだね剣。剣語みたいなのあんのかな?異世界語は話せるって言ってたけど、流石に剣語は無理なのか」


 神はそんなことは言っていない。


『っていうかほんとに言語どうする?』

『知らないよ〜』

『とは言えな〜。ん?待てよ?』

『どした〜?』

『ご主人さまが進んでる方向ってさ、四葉の魔宝石があるところじゃね?』

『あ〜確かにあるね〜。でもあれって自我ないし運が良くなるだけだよ〜?』

『だからいいんだよ。幸いご主人さまは運カンスト済みだからな。自我がないのもちょうどいい。運を上げる分を言語に回せば…』

『なるほどね〜。でも生まれつき決まっちゃってる運を上げられるって、あれ狙ってるやつ多いんだよね〜。人間ってそういうところだけ鋭いのやめてほしいな〜。大丈夫なの〜?』

『それなんだけど』

『ん〜?』

『いま人間たちが探してるところ、もうなくなったところなんだわ。場所は近いけど全然違うんだよな』

『マジ〜?じゃあ誘導するわ〜。道案内よろしくね〜?』

『おう』


 ピカッと聖剣が光り、一筋の光を出した。


『方角とかオッケ〜?』

『バッチリだ』


「なにこれ。こっちに向えってことかな?いいじゃん聖剣の道案内。行こ行こ。なんか調子もいいし、不眠不休でいいかな〜?」


『おっ、わかってくれたみたいだな』

『そうだね〜。聖剣が光ったところには幸ありって、結構噂になってるもんね〜。そんなことないけど〜』

『えっ違うの?』

『違うよ〜。気に要らないやつだったら谷底に突き落とすよ〜』

『怖。そういやお前結構ストイックだったよな。片鱗はまだ残ってるのか』


 彼らは気づいていなかった。いや、気づきようがなかった。言葉がわからないのだから。


 不眠不休。


 それがどんなことを表すのか、二胡は知らなかった。

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