第11話 出直し、作曲家の家に願い出る
無職となった私でも、街を歩けば顔も覚えている人がいる。だが握手を求められるどころか『昔いたわね。歌の下手なアイドル歌手』遠目に陰口を叩かれる始末だ。
昔……半年たらずで昔にされた。そう私は夢をみていたのか、今ではワンルームで三万円のポロアパート住まい。まさか母にプロダクションを解雇されたと言えない。いやこのまま、おめおめと田舎に帰れない。しかしこのままでは貯金も使い果たして田舎に帰るか、浮浪者に落ちぶれてしまうか。アイドル歌手だった時のビデオ録画をテレビ画面に映してみた。今まで気が付かない事が見えてくる。チョッピリとセクシーな衣装を身に纏い、歌詞もテンポが早い曲に合わせるだけで、何か下手な歌を誤魔化しているように感じた。
あんなに脚光を浴びた私はいま、暗い部屋の片隅でひっそりと当時を偲んでいた。今夜は何を食べようか……またお湯を注ぐだけのカップラーメン。落ちぶれた私が其処にいる。それでも私は事務所を放り出された事も狭い部屋に閉じこもりひっそりとしている事も夕張にいる母には言わなかった。でも週刊誌などで報じられているから知っているだろう。
何処で知ったか私のアパートに母から手紙が届いていた。私の芸能活動の事には一切触れず健康に気をつけないと、だけある。それも母らしい気遣いであるのだろう。急に故郷が恋しくなった。しかし……かつては夕張の救世主とも言われた私は、意地でも故郷にも帰れない。
もう一度自らの力で、のし上がリ這い上がるしかない。私はそう決めた。幸い芸能関係者の知り合いは多い、その中で私を熱心にレッスンしてくれた一人、作曲家の佐原徹先生の家を訪ねた。
古い和風作り、古くても風格のある大きな家だ。作曲で一世を風靡した先生だけはある。そんな有名な先生に頼むことにするが、果たして受け入れてくれるだろうか。
私は躊躇いながらもチャイムを鳴らした。
「お久しぶりです。先生、私を覚えてらっしゃいますか」
「忘れる訳がないだろう。君は教え子の一人だ」
「突然で申し訳ありませんが、もう一度教えてください。お願いいたします」
「長い間入院していたんだってな。一応は歌のレッスンしてやった仲だし病とは気の毒だ。教え子だし教えてやらん事もない。君にはポップスの基本を教えたが、だが私は本来演歌の曲が多い。しかし基礎は同じだ。それでいいか」
「ハイ、私は改めて知りました。あれは歌手じゃありませんでした。もう一度基礎
から勉強したいのです。先生お願いします」
つづく
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