歌手 矢羽美咲

西山鷹志

第1話 修学旅行でスカウトされる

歌手 矢羽美咲

第一章

時はまだ携帯電話もない平成初期の時代。私の人生が変わったのは高校三年の秋、修学旅行で東京に行った時の事。北海道の田舎の高校生達にとっては憧れの東京だった。

 修学声を掛けられた。しかも同級生六人の中で私一人に声を掛けて来た。なんと歌手にならないかとの誘いだった。東京では良くあることらしいが、北海道の田舎町では想像すら出来ない。先生に知らない人には注意するように言われていたが、そこは若い高校生。都会は新鮮で見るもの聞くもの、ワクワクする。六人も一緒にいるから大丈夫と興味津々で、彼等の問い素直に応じた。なぜ私なのですかと聞くと。


「私達は新人発掘専門のスカウトです。この人なら売れると思う人に声を掛けているのです」

「まさかぁ、私なんか田舎の高校生ですよ」

「それが良いのです、芸能界は新鮮なものに惹かれます。貴女にはそんな魅力があります。そんな人を探していました。いずれまた改めてご挨拶に伺います。宜しくね」

「そんな事を言われても……」

 いきなりそう言われても警戒してしまう。どうしたら良いか困っていると。

「そうですね。初対面では無理もありません。差し支えなければ学校の方に連絡させて頂いても?」

「学校は困ります。分かりました。ではこれを」

 学校に知れたらこっぴどく叱られる。仕方なく住所と電話番号のメモを渡した。

 彼等はメモを受け取り、いずれお会いしましょう。

「えっとお名前は……ああ名札に書かれてある矢崎美咲さんで宜しいですか。卒業は来年の春ですか」

 そう言って名刺を渡して立ち去って行った。『貴方には魅力がある』なんと言う誉め言葉だろう。こんな事を言われたら舞い上がってしまう。


「美咲、凄いじゃない。ここでスカウトされたら芸能界入りの近道よ」

「そうよ、普通なら芸能専門学校に入ってから運の良い人は芸能界入り出来るのよ。しかもスカウトならワンランク上の段階から始めるからずっと得だよ」

同級生は歓喜し、自分の事のように興奮している。余りにも突然で呆然とするだけだった。

 その時に貰った名刺には有名な芸能プロダクションだ。田舎でも若い子なら知っている大手のプロダクション、沢山のスターを送り出している。高校生なら誰でも憧れる夢の芸能界だ。勿論私も例外なくその内の一人、胸には○○高校と書かれて居て相手も調べればすぐ分かる。修学旅行から帰り母と兄に報告すると当然のごとく猛反対された。

「美咲、あなたは騙されているんだよ。若いから夢を見るのは良いけど夢は夢。母さんは反対だからね」

「分っているわよ。でも悪い気はしないわ、一瞬だけ夢を見ただけよ。恐らくもう連絡もないだろうし、こちらからも連絡する気がないから」

 いきなり猛反対する母に少しイラッした。私だって自信もないし騙されていると思っていた。でも夢くらいいいんじゃないのと言いたい。でも母の意見にその時は素直に従った。


つづく

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