三十三話 有紗と初デート

「有紗、待った!?」


「ううん、今来たところだよっ」


 初めてのデートで、服装選びに時間をかけていたら、時間ギリギリになった。


 有紗の今日のコーデは、白のブラウスに大きなリボン、黒のキュロットミニから見える太ももが悩ましい。


 膝上10センチ超はあるミニスカートを見て僕は慌てて目を逸らした。


「ちょっと短かったかなっ?」


「可愛いよ、でも刺激的かもしれない」


「頑張ったんだよっ」


 それに比べて僕の格好は、青のカッター風シャツにジーンズだ。


「有紗の彼氏に見えないかな?」


「そんなことないよっ、わたしのために選んでくれた服なら、なんでもカッコいいと思うっ」


 有紗はそれだけ言うと僕の腕に手を回した。清楚に見えて胸が大きいから、腕を組むと柔らかいところに触れてしまう。有紗は僕の方にギュッと胸を押し付けてきた。


「そんなに押し付けたら、困るよ」


 小悪魔な笑顔で僕をじっと見つめる。いつもの有紗スマイルだ。


「今、何を押し付けてるでしょうっ……」 


「えと、胸かな」


「正解、こう言うの平くんは嫌い?」


「嫌いじゃないけど、……なんかいけないことしてるみたいでさ」


「平くんはわたしの彼氏なんだよっ、だったら有紗の胸は平くんのものじゃない?」


 とんでもないことを言う。僕は思わず有紗の胸の膨らみをガン見してしまった。


「そんなにじっくりと観察されると、恥ずかしいよっ」


「だって、有紗が変なこと言うから……」


「あっ、ごめんねっ。見ていいんだけどさっ。今は人の目もあるしっね」


 有紗はそれだけ言うと僕の隣を何も言わずに歩く。腕と胸に挟まれて、僕はどうにかなってしまいそうだけども、なんとか正気を保とうとした。


「かなりの密着だよね……」


「今まで人の目を気にして歩けなかったから、その反動かなっ」


「でも、人に見られたら?」


「平くんは人に見られたら困るのっ?」


 有紗の瞳は僕をじっと見つめて返事を待っている。僕が困るわけないじゃないか。


「そうじゃなくて、有紗が僕なんかと付き合ってるのバレたら困るかなって」


「もう、みんな知ってると思うよ」


「えっ?」


「気づかなかった? 今日かなり積極的に近づいたんだよっ」


 そう言えばそうだった。なぜ、話しかけてるんだよ、という僕を睨む視線がなかったから、気づかなかったんだ。


「わたしたちはもうクラス公認のカップルなんだよっ」


 嬉しそうに腕に力を入れた。結構限界なんだけどさ。


「えとさ、あまりされると男の子は……」


 有紗は僕の言おうとしていることに気づいたのか、慌てて離れる。


「ごめん、刺激強過ぎた、かな?」


「そうかも」


「あのさ、二人きりの時なら、別に立っても……、わたし気にしないからねっ」


 何が立つのだろうか、ふと考えて顔が熱くなった。有紗の方を見ると俯いた顔が真っ赤に染まっていた。


「ありがとう、と言うべきなんだろうか」


「どうなんだろう。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気分だよっ。じゃあさ手なら繋いで大丈夫かなっ?」


 応える前に有紗は僕の手を取って、自分の指を僕の指の間に入れていく。要するに恋人繋ぎだ。


「少し前にちょっとだけしたけども、わたし、この繋ぎ方好きだなっ」


 僕と有紗は手を繋ぎ、銀座のブランド服専門店の前に立った。


「えと、ここ?」


「うんっ、いつもここで購入してるんだよっ」


 流石は、お金持ちだ。僕一人ならGAやユニクロで済ましてしまうだろう。


「ママと会うのだからねっ。今日はわたしが選ばせてね」


 僕と有紗はエスカレーターを上がり5階のお得意様用コーナーに座った。


「有紗様、それと隣のお客様は……、太一様ですね」


 接客している女性はにっこり微笑んだ。


「いや、その僕は太一じゃなくてですね」


 間違いを正そうとすると有紗が僕の耳元でささやいた。


「勘違いされてるなら、そのままにしとこうよ。少なくともママに会うまでにお爺様に知られるのは良くないことだと思うし」


 女性店員の一人が僕の顔をジロジロ見てくる。


「言われてたイメージと違って凄く普通なんですね」


「えーっ、わたしに取ってはカッコいいよ」


「じゃあ、有紗様もっと彼をかっこよくしちゃいませんか? 服だけじゃなくて、美容院にも行って」


「えっ、そんなことまで考えてなかった」


「僕も美容院なんて初めてです」


「髪型変えたら結構イメージ変わると思うけど、どうでしょう」


「わたしはた、いや……あなたがいいなら、行って欲しいな」


 僕は有紗についてエスカレーターを2階まで降りた。2階には有紗が通っている美容院がある。


「あれ、有紗さん? この男性は?」


「わたしの彼氏ですっ」


「へえ、じゃあ、有紗さんが惚れ直すくらいイケメンにしてみようかな」


「えーっ、わたし今のままでも!?」


「大丈夫、彼はもっとカッコよくなれるから、任せといて」


 有紗好みの髪型にすると言うことなので、もちろんお任せである。シャンプーをして、カットをして、またシャンプーをした。


「どうかな、髪の毛染めようとも思ったけど、有紗さんの好みなら、こっちかな?」


「ふわあああっ、かっかかか……」


「有紗、どうしたの?」


「平くん、かっこいいよっ!」


 ここで、その名前まずくない? 名前を聞いて怪訝な顔をしてないか、美容師さんを見たけれども、僕のことなんて気にしていないみたいだ。


 有紗がカードで支払いを済まし、僕の横に立つ。さっきからやけに視線を感じるんだけれども……。


「隠れイケメンだったんだねっ」


「えと、僕もよく分からないや」


「分からなくていいっ。きっと学校行ったら女子とか近寄ってくると思うけども、絶対ついて行っちゃ、ダメだからねっ」


「僕は有紗一筋だよっ」


「本当だよっ」


 今までの僕を見る目と違って当惑してしまう。そんなにかっこいいのかな、髪型が変わっただけで、そんなに人が変わるものなのか、僕はちょっと不思議に感じた。


「うわっ、別人じゃん」


 5階に戻るとお得意様用コーナーの女性が僕をじっくりと見つめてくる。


「平っ、ちょっとこっち来て」


 僕の耳に近づいて、それだけ言うと僕の目の前に立った。


「洋服選びたいんですけどもぉ」


「そうですね、あんまりの変わりように正直驚いちゃいました」


 店員さんは悪い人ではないのだけれども、僕を見る目は獲物を狩る獣の目をしていて、ちょっと怖かった。


 僕が太一じゃないと分かったら、連絡されるよりも先にこのお姉さんに食べられそうだ。それはそれで僕にとっては悪いことでもないけれども……。


「ちょっと、何考えてたっ?」


 とても本当のことなんて言えない。それにしても、今日の有紗は勘がいい。


「とりあえず、この格好に合う服を欲しいのっ」


 有紗は店員にそれだけを言うと何着か衣裳を受け取り、僕にその中の一着を手渡した。


「とりあえず、これ着てみてっ」


 試着室に案内され、着替えると、次はこれと手渡される。


 こっちかな、あっちかなと真剣に迷いながら、その中の一着を選んだ。


「これにしよっ、これならきっとママも喜ぶよっ」


「これ、着て帰りますか」


「はい、お願いしますっ」


 有紗の顔を見ているとママというより有紗が喜んでいるようにも見える。カードで会計を済ます時、レシートの金額を見て僕は驚いた。


「あのさ、この服高過ぎない?」


「そんなことないよっ」


 お金持ちの感覚と庶民の感覚の違いに今更気づく。有紗は本当に僕でいいのだろうか。


 流石に普通の金持ちレベルでは、このクラスの服をサッと買えるとは思えないけども……。


 僕の顔色を見て有紗が気づいたのか、店を出る時に僕に振り向く。


「別にね。普通にイオンやGAの服でわたしはいいんだよっ。これはママに会うからだからね」


 顔に出ていたのか僕の不安を安心させるようにと言ってくれた。


「ごめん、気を使わせちゃって」


「気にしないのっ。この生活が異常なことくらい。わたしもっ、分かってるんだよ。それよりさっ」


 有紗は僕の腕に自分の腕を回す。


「ご飯食べに行こっ。ファミレスでいいから、平くん奢ってねっ」


 満面の笑みで僕に笑いかけた。きっと奢られてばかりじゃ、僕が気にすると思ったんだ。僕は、オムライス専門店に有紗と向かった。


―――――


初めての洋服デートです。有紗の知ってる店は相当な価格の模様。


読んでいただきありがとうございます。


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