第36話「新しい人生」

 シンドウへの歓声は止むどころかどんどんと勢力を増していく。


「最高の試合だったぞ!」

「ありがとう!」

「また試合を見せてくれよな!」

「すげー楽しかったぞ!」

「マリアもよく戦った!」


 たしかにこれは気分がいい。

 マギシングサークルの勝者に与えられる報酬の中で、賞金よりもトロフィーよりも誇らしい最高の栄誉だ。


「シンドウさん!」


 興奮と歓喜の混じった声に振り返ると、転移魔術の燐光を纏ったイズナがこちらを目指して走ってきている。


「すっごくかっこよかった!」


 胸に飛び込んできたイズナを受け止めるも、肩の痛みで堪え切れず一歩退いてしまった。


「おっとっと! かっこよかったか……そりゃよかった」

「さっすが私のトレーナーだよ! やっぱり最強無敵の選手を育てるのは最強無敵のトレーナーじゃなくっちゃね!」


 イズナの声援がなかったきっと勝てなかった。自分の意志を貫けなかった。自分の選択をこんなに強く信じられたのは初めての経験かもしれない。


「ありがとうイズナ。そう言ってもらえたから俺は勝てたんだ」


 左手で光輝の魔刃を持ち直し、右手でイズナの頭を撫でると、彼女は機嫌のよい子犬のように破顔した。


「うん! 感謝してよね! トレーナー!」


 ふと、背後から人が動く気配がした。

 見やると、マリアがユーリの肩を借りてふらふらとおぼつかない様子で立っていた。

 こちらを見つめるマリアの視線は、シンドウが持つ光輝の魔刃に注がれている。


「光輝の魔刃……一体いつ作ったの? あなたの全魔力を使わないと構築できない魔術のはずよ?」

「試合の前、イズナがユーリを連れてきた時だ」


 もう隠しておく意味もない。あっさりと白状すると、イズナとユーリはハッとしてお互いの顔を見合わせた。


「あの時はかなり焦ったよ。お前に作戦がばれるんじゃないかってな」


 魔核打ちをすれば、マリアは必ず糸でシンドウの動きを封じ、距離を取ってレイジングフラッシュを使ってくる確信があった。

 マリアの最大火力を防ぐには徴収魔術で集めた魔力と自身が持っている魔力の両方を合わせないと対抗できない。だがシンドウとマリアの魔力量には絶対的な差がある。

 全力のレイジングフラッシュの撃ち合いの後、シンドウは全ての魔力を失うが、マリアはレイジングフラッシュ一発分程度の魔力が余るだろう。そう結論付けた。


「徴収魔術を使っても俺とお前の魔力差は埋められない。だからユーリがジムに来た時からずっと光輝の魔刃を持続していた。それで試合前に刀身を短くしたこいつに幻影魔術を施して見えなくした状態で腰のベルトに差してサークルに持ち込んだんだ」


 これが実体を持った剣ならば見えなくしても柄や鞘が服や体に当たった時、音が鳴ってしまいマリアに剣を隠し持っていることがばれる。かと言って懐に忍ばせられる短剣では攻撃力に欠けるし、レイジングフラッシュの切り払いに使うには心もとない。

 極めつけはマリアが光輝の魔刃を使い道のない失敗作の魔術だと思っていること。

 まさか失敗作を切り札として実戦投入するはずがないという先入観がある。

 魔王の虚を突ける切り札として、光輝の魔刃以外の選択肢はなかったのだ。


「私が最後の砲撃を撃った瞬間、刀身を伸ばして直剣のサイズに戻した。実体を持たず、長さを自在に伸縮させることができる魔術だからこその芸当ね」

「どんな魔術でも使い方次第で切り札になる。切り札は一枚じゃ意味がない。二枚以上用意してこそ有効だ。それが師匠の教えだったろ?」


 観念したかのようにマリアは微笑んで、小さな嘆息を漏らした。


「一枚目の切り札が徴収魔術なら、二枚目の切り札が失敗作の魔術だった光輝の魔刃。徴収魔術を警戒しすぎて、あなたのもう一つの切り札に意識がいかなかった。私の完敗ね」

「そうでもねぇさ」


 シンドウは左肩を手で撫でた。無茶をさせたせいで大分痛みがひどいが所詮は骨折。もしもこれが実戦であれば左肩を撃たれたあの瞬間、勝負は決着していた。


「実戦だったらレイスティンガーで勝負がついてた。あれの直撃は肩が抉り飛ばされるからな。致命傷を負わないマギシングサークルだからこそ勝てたんだ」

「そう……私はマギシングサークルだからこそあなたに負けたのね」


 己に言い聞かせるような声音でマリアが静かに呟いた。五百年前と変わらない美しい顔にはクロウエアの花のような可憐な笑みを咲かせている。


「シンドウ、生まれ変われそう?」

「まだ分からん。でも変わりたいと思ってる。ここからがスタートラインだ」


 五百年後の世界で目覚めて三ヶ月半。イズナと過ごす日々の中で感じた想いは、マリアと一緒にガンテツの元で過ごした時間に等しい、この上のない幸福であった。


「マギシングトレーナーとして、イズナと一緒にティアⅠレジェンド三冠を制覇する。その夢を追いかけてみたいんだ。イズナ、付き合ってくれるか?」


 イズナの頭にポンッと右手を乗せる。

 天真爛漫な愛弟子は、全身から喜びを溢れさせながら胸の前で両の拳を作った。


「うん! もっちろん! 絶対一緒に三冠制覇だからね! それまではなにが起こったって逃がさないんだから!」


 新しい大切な場所を見つけられた。流されるだけの自分を変えるきっかけを与えてくれた。

 心優しい魔王には、感謝してもし尽くせない。


「マリア。俺がお前にしてやることはあるか? なんか頼りっぱなしでな。大量に借りを作っとくとどんな理不尽な返済要求されるか怖いんだよ」


 普段のマリアなら悪態を何倍にもして返してきそうだが、さすがに切り返す余裕がないのか柄にもなく苦笑していた。


「あなた私を何だと思ってるの?」

「魔王だろ? 理不尽な要求してくるって相場は決まってんだよ」

「そうね……」


 しばらく思案する素振りの後、マリアは言った。


「じゃあ私のお願いを聞いてちょうだい」

「なんだ?」

「あなたの夢をきちんと追いかけて夢を叶えて。この子たちを立派な魔道師にしてあげて。かつて師匠が私たちにそうしてくれたように」


 ガンテツという偉大な師にはまだまだ到底及ばないけれど、いつかあの人のような魔道師になれるよう新しい時代を全力で生きてみたい。


「ああ、約束するよ」


 シンドウが力強く頷くと、マリアはふわりと手を振って緑色の光に包まれた。


「じゃあよろしくねシンドウ」


 そう言ってマリアは、転移魔術を発動。ユーリを残してサークルから姿を消した。


「……この子たち?」


 後になってから引っかかる。それは一体どういう意味だ?

 もしかしてさっそく理不尽な要求が始まっているのかもしれない。

 訝しみながらシンドウは、呆気に取られているイズナとユーリを見つめた。

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