第21話

「───で?シンはその女の為にボクに学校に行けって言うのかい?」


 


その言葉と同時に、慎一郎は胸ぐらを捕まれる。


自分よりも九つは歳下のモノに、胸ぐらを捕まれ振りほどけないでいる慎一郎は、冷や汗を流しながら目からハイライトが消えたモノに、説得の言葉を投げる。


 


「いやだから無理に学校に行けとは言わねえよ。一応金を払ってるのはラインハルトだしな。それに成績はお前トップを取って先生を黙らせてるんだろ?その辺りはモノの好きにしてくれても構わないんだ」


 


本当は学校に行ってモノに青春を楽しんでもらいたいのが慎一郎の密かな願いなのだが、どうせモノは嫌がるだろう。


 


「じゃあなんでボクがやらないといけないのさ?バイトの子にやらせればいいじゃん」


 


「柊は今週はアイドル業がかなりあるらしいから頼みづらいんだよ。ラインハルトも今、県外にいるわけだし。だから暇そうなお前に頼んでいるんだよ」


 


「へえ?シンはボクのことをそんな風に思ってたんだ?」


 


モノは慎一郎の顔と自分の顔がほぼ密着寸前にまで引き寄せてから、相変わらず光の無い目で慎一郎を見つめながら言った。


 


「ボクは誰かに縛られるのが一番嫌いだってこと、シンが一番知っている筈だよねぇ?ボクはラインハルトのようにシンの頼みならなんでもかんでも受けると思ってる?しかも、それが他の女絡みならなおさらだよ」


 


モノはそう言いながら、自身の口元を耳もとまで近づけ、慎一郎にしか聞こえない小さな声で獲物を追い詰めるような声で囁く。


 


「最近、シンは他の女の子をよく気にするようになったじゃないか。ボクという“相棒”がいるのにさ。それが凄くイライラするんだよ。分かるかい?」


 


威圧的にシンを見つめるモノに対し、慎一郎は言った。


 


「だったら“お前はどうしたいんだ”?」


 


「・・・・どういうことかな?」


 


慎一郎の質問にモノはどういうことだと答える。


そんなモノに、慎一郎は言う。


 


「じゃあ言い方を変えてやる。お前は俺に“どうしてもらいたい“んだ?」


 


慎一郎はそう言いながら、モノを見る。


 


「お前は俺に対してやって欲しいことを自分の口で言おうとしないよな。やって欲しいことがあるならお前の口で聞かせてくれよ」


 


「へぇ・・・じゃあ、シンはボクと付き合ってくれって言ったら、付き合ってくれるのかい?」


 


そう言うモノに対し、慎一郎は答えた。


 


「お前がそうして欲しいなら付き合うさ」


 


「・・・・・・」


 


慎一郎の目は嘘をついていない。紛れもない本心で言ったというのが分かる。


だが、モノはそんな慎一郎が気に食わなかった。


今の慎一郎は、自分が欲しい慎一郎じゃない。


モノが欲しいのは何時もの優しさと誰かを守るために覚悟を決めた彼だ。


今の目的の為に自分を切り捨てるような彼じゃない。


そんな慎一郎にモノは言う。


 


「やっぱりなし。ボクはやらない」


 


「はい!?」


 


やらないと言ったモノに慎一郎は素っ頓狂な声を上げる。


そんな慎一郎に対し、モノは唇を開く。


 


「ボクが付き合って欲しいのは今のシンじゃない。だから監視にも行かない。どうしてもって言うなら“店番”はやってあげる」


 


「おま、店番って・・・料理とか大丈夫なのかよ?」


 


そう言う慎一郎にモノはフンッと鼻を鳴らす。


 


「ボクを舐めないでよ。こう見えて料理はする方なんだ。なんだったら今から作ってあげようか?」


 


手は抜かないからと言うモノに、慎一郎は頭をかくと、溜息をつく。


そして慎一郎は参ったなと言いながら、モノに小さく笑みを浮かべた。


 


「そこまで言うなら分かったよ。モノ───“俺の店を頼んでいいか”?なんのしがらみもない“相棒”としてさ」


 


そう言って右手をモノに差し出す慎一郎に、モノは小さく笑った。


 


「ボクは“その顔のシンに言って欲しかった”んだよ。今のシンだったらボクも依頼を受けたのにさ」


 


「言われなきゃ分かるかよ」


 


「鈍感なシンに言ってもねぇ?」


 


そう言いながら慎一郎はモノに言う。


 


「“この事件”が解決したらパーッとパーティでもしようか。お前の好きな料理を並べてさ」


 


「いいね。なら、期待してるよ」


 


「店を任せたぜ」


 


慎一郎がそう言うと、モノは不敵な笑みを浮かべる。


そして───


 


「“ああ。まかされたよ”」

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