第16話 復讐者

カチカチと壁に掛けられた時計が静かな喫茶店の中に鳴り響く。


そんな中、慎一郎は椅子に座ってボーッとしているモノに言った。


 


「なあ・・・モノ」


 


「んー・・・どうかしたのかい?」


 


身体を背もたれから起こしながらモノは言う。


そんなモノに慎一郎は言った。


 


「昨日の話に出てきた生徒・・・大丈夫だと思うか?」


 


「大丈夫かどうかはその生徒次第だと思うよ。生きるのを諦めたら死ぬだけだし、もし生きるとしてもラインハルトの“奴隷”だよ。そんな二択を選ぶならボクは前者を選ぶね」


 


奴隷なんてなりたく無いねと言うモノに対し、慎一郎は複雑な気分だった。


 


「どうしようもできないよな」


 


「どうしようもできないね。シンはラインハルトにとって“特別”だから“あの時”、ラインハルトはシンの妹を無償で助けたんだよ。けど、あの話に出た子は違う。あの子にあるのはラインハルトとの契約みたいなものさ。生か死か。助けてやるからとお前の全部を俺によこせってさ。それを決めるのはあの子であってボク達が口だしするようなものじゃない」


 


もうこの話は終わりだよとモノは言ってスマートフォンを弄り始める。


本当は弄るなと言いたい所だが、客はいないので別に構わないだろう。


 


「・・・本当に残酷だよな。世界は」


 


「───残酷だよ。残酷でなかったらボクやラインハルトは君と出会わなかったさ」


 


モノのその言葉は慎一郎にとって、とても重く胸に残った。


 


 


◇◇◇◇◇


 


 


心電図モニターの電子音とゴポゴポと空気が液体の中に排出される音が聞こえる。


一人の少女が培養槽の中に浮かんでいた。


だが培養槽の中にいる少女の身体の殆どは壊死し、ところどころ黒ずんできている。生命保持器のおかげで何とか生きているような状態であったがそれも時間の問題だった。


少女───七宮詩音はゆらゆらしている意識のまま、ただ自身の“死”を待っていた。


彼女の“誕生日”であったあの日。不幸な事故が起こった。


街の全てが氷の彫像になった。無機物も有機物も。そして彼女の両親の命ですら冷たい牢獄に閉じ込められ、死に絶える地獄の中、彼女だけ運良く助かった。


彼女は死ぬ直前、魔女狩り部隊の一人に助けられ一命を取り留めることができた。


だが、それもここまで。


彼女の身体は凍傷の影響で身体の殆どが壊死している。そんな状態で助かる奇跡などないだろう。


泣き叫ぶことも悔やむこともできない。ただどうしてと、虚ろな瞳で考えることしかできない。


──なんでこんな目にならないといけないの?お父さんもお母さんも私も何にも悪いことなんてしていないのに。


ただ現実は残酷だ。なんの意味もなく、たまたまその場で居合わせたという、ただそれだけの理由で彼女の全ては奪われる。


自分が死ぬまで、あと少しの猶予しかない。


彼女は自分の存在意義などこの世界になかったのだと諦め、目を閉じようとしたその時だった。


 


『これは酷い状態だな』


 


現れた人は黒のスーツに青いバイザーと黒い金属で出来たフルフェイスの仮面をつけた男だった。


誰?と言おうとしたが、声は出ない。ただ、詩音は虚ろな瞳でその男を見る。


 


『誰だと思っているようだが、お前にその権利はない。ただ、お前にあるのは俺の質問に答える。それだけだ』


 


男はそう言って詩音を培養槽に浮かぶ詩音に視線を向けて言った。


 


『お前はこの世界をどう思う?理不尽だと思うか?』


 


仮面の男に詩音は石のように動かない自分の身体を力の限り動かす。全身に痛みが走るが、どうでもいい。


そうして詩音は首をゆっくりと縦に振る。この世界は理不尽だと首肯する。


 


『───そうか。ならもう一つ聞こう。お前は“生きたいか“?それともこの場所で無意味に“死ぬ”か?──“選べ”。死ぬなら何もするな。生きたいのなら頷け。そして俺と俺の友にお前の全てを捧げろ。そしたらお前を助けてやる』


 


それは契約だった。目の前の男との悪魔の契約。


生きたいのなら私の総てを捧げろと。そしたら死ぬしかないこの運命から助けてやると。


お父さんもお母さんも死んだ。私には何も残っていない。自分の存在意義も無い世界で生きる意味があるのだろうか?


そんな詩音に仮面の男は言った。


 


『迷っているようだな。なら───“教えてやる“。お前をこんな目に合わせたのは、この世界だ』


 


そう言いながら仮面の男は続ける。


 


『“復讐”をしたくはないか?何故、自分がこんな目合わなければいけないのだと叫びたくはないか?お前を不幸にした“世界”に“魔法少女”に復讐をしたくはないか?答えろ』


 


「──────」


 


“復讐”


 


そうだ───なんで思い浮かばなかったのだろう。


世界はお父さんをお母さんを私を切り捨てた。


魔法少女は私の総てを奪った。


───そんな奴らを残して、私は死んでもいいの?


そんなの───私は“認めない“。


私がこんな目にあったんだ。なら、私から総てを奪った魔法少女にも同じ絶望を味合わせてやる。


 


『ではもう一度聞くぞ。お前は“生きたいか”?』


 


仮面男の質問に詩音は自分の全てを使って頷いた。


生きたいと。この世界に──魔法少女に復讐をしたいと。


 


『契約成立だな。今からお前は俺達〈組織〉の一員だ。ただ、今のお前の身体は死に体の役立たずだ。お前をアンドロイドの肉体に差し替えてやる。俺達の手足となって働いてみせろ』


 


仮面の男はそう言うが、詩音の耳には入らなかった。


彼女の胸にあるのは世界に───魔法少女に復讐する。その炎が胸に渦巻いていた。


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