第9話

「おや?」


 


モノが何か気づいた様子で慎一郎の顔から自身の顔を離す。


 


「どうかしたか?モ───!?」


 


慎一郎はモノに問いをかける前に、一瞬にして変わった周りを見て驚愕する。


 


「マジ・・・かよ」


 


今自分がいた街が全て“氷漬け”にされていた。


建物も、車も、木も───そして、“人間も”───


さっきまで生きていた筈だ。さっきまで生きていた人間が、“氷漬け”にされている。


 


「───シン。助けようだなんて思わないでくれよ?もう“こんな状態になった時点で彼等は死ぬしかない”しね」


 


「───ッ」


 


これが魔法少女の力。その力はいとも簡単に人を殺すことが出来る。


自身のような能力者も個人差があるが、これほど大規模なものは珍しい。


俺達能力者が差別され、俺達能力者のような力を持つ魔法少女達が差別されない理由はいくつかある。


まず一つは国家権力に縛られている力であるかどうか。そしてもう一つは───


 


「・・・“魔女狩り”が動くらしいぜ?シン。さっきラインハルトから連絡がきた」


 


スマートフォンの画面を見ながら、モノは慎一郎にそう言う。


 


───魔女狩り───


 


民間人に“無差別に危害を加えた彼女達及び、目撃者の抹殺“を主な任務とする部隊がすぐにやってきて彼女達を殺しにくるのだ。


後の責任等は魔法少女が暴走した。とだけ、言っておけば後が国金を払うだけで物事を解決させる。


これでは───死んだ人間や親しかった者や家族が報われない。


そして彼女達魔法少女は恐怖の対象へと変わっていくのだ。


力で黙らせる独裁者が今のトップに立っているのだ。俺達が変えなければ、誰も変えようとはしない。


 


「───モノ」


 


「なんだい?」


 


此方へと歩いてくる見覚えのある少女を視界にいれながらも、慎一郎はモノに言う。


 


「何とかアイツを抑えてくれ。俺がアイツを説得してみせる」


 


そう言う慎一郎にモノは唇を開く。


 


「いいよ。君がボクに相応の報酬をくれるならね」


 


「ああ。そんなもん幾らでもくれてやるよ。だから────頼む」


 


そう言った慎一郎にモノはニィと口元を歪めると、その笑みのままモノは言った。


 


「任されたよ。ボクの相棒」


 


そしてモノは己の力を開放させる言の葉を紡ぐ。


 


「───さあ。始めようか!Mar abierto saqueador!」


 


モノの言葉と同時に、水がモノを中心に溢れ出る。


そしてその頭上に、巨大な影が二人を覆い尽くす。


 


二人の頭上を覆い隠したそれは──巨大な海賊船だった。


 


そしてモノは船の下にいる柊白音を見下ろしながら、高らかに声を上げる。


 


「やあ、《凍土の騎士》ちゃん。久しぶりだね?最後に会ったのは廃工場で会った時だったかな?」


 


そう言うモノに対し、白音は何も語らない。


ただ、眼鏡の先に見える青い瞳は何時もの明るい瞳ではなく、深海のように暗い瞳だった。


そして白音は無造作に右手を掲げる。


 


「───《Dauerfrost Ritter》───ランゼ」


 


その言葉と同時に、白音の手に巨大な馬上槍が現れる。


その槍が顕現した瞬間、白音の周りの甲板に霜や氷が張り巡り、白く染まった。


 


「語る言葉はないって?やれやれ。そんなだからシンに振り向いて貰えないんだよ」


 


モノがそう言った瞬間、白音の目に怒りが灯った。


 


「・・・黙れ」


 


だが、モノは口を閉じるのを止めない。なぜなら───それが一番効率が良いやり方だと熟知しているから。真っ直ぐ突っ込んでこさせるように誘導する。


 


「今の関係を壊したくなくて、今の小さな幸せで我慢していたんだろ?ボクはね、君と違って欲しいモノは全部奪うんだ。金も名誉も、地位もぜーんぶボクは奪う。勿論、彼の──」


 


そう言って慎一郎に手を伸ばそうとしたモノを遮るように、白音は声を荒らげて駆け出した。


 


「黙れええええええッ!!」


 


「・・・・・ッ!!」


 


白音の巨大な馬上槍とモノのカットラスが火花を散らして激突する。


慎一郎をよそに白音とモノは鍔競り合いを行いながら、白音が叫ぶ。


 


「慎一郎さんは・・・慎一郎さんだけはお前なんかに渡さない!あの人だけなんだ!ただの道具としてか見ていなかった両親や他の大人と違って本当のボクを見てくれたのは!渡さない!お前には絶対に渡さない!」


 


───怒り。そして自分を見てくれた光を絶対に離したくないという束縛。


友人以外では道具や偶像としてか見てくれなかった彼女を───全て見てくれたのが慎一郎だった。


もしかしたら、彼女は飢えていたのかも知れない。


───愛に。


一度、慎一郎からその蜜の味を知ってしまった彼女はもう戻れなかったのだろう。


だから、モノに彼を取られるということに恐怖したのだ。


 


「柊・・・お前───」


 


見て欲しい。愛して欲しい。だからお願い。ボクを見て。


そんな彼女の叫びが聞こえてくるようだった。


だからこそ───慎一郎は彼女に手を伸ばす。


これ以上───彼女達を傷つかないように。そして彼女が幸せになれる道を示せるように。

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