第40話 弟子が現れた

「え、えーっと、いらっしゃいませー……」

「……」



 俺は、すぐ様笑顔を浮かべて接客をする。

 しかし、その女性は真顔で自分の黒髪を耳に掛かると、何処か蔑んだ様な目で此方を見つめて来る。



「こ、此方の席にどうぞー?」

「……」



 俺は笑顔でカウンターの席を薦めるが、その女性は何も反応を見せず、俺をジッと見てくる。



 す、凄く気まずいんですけど? 勘違いした上に、俺の接客にこの態度……流石に泣けて来るね!



 俺が心の中で涙を流していると、背後から救世主が現れる。



「哲平さん……何入り口で突っ立って……っ! いらっしゃいませ! ご来店ありがとうございます! おひとり様でしょうか?」



 俺の陰で隠れて見えなかったのか、急いで取り繕った笑顔を見せる比奈。



 だがそれではもう遅い! ふっふっふっ、比奈も俺と同じ気持ちになるんだなっ!

 そんな事を思いながら、俺は2人の様子を伺う。



「…………あぁ」

「!」

「それでは此方のカウンター席にどうぞ」

「ありがとう」



 女性は比奈の誘導のまま、大人しく席に着いた……これが比奈……コミュ力お化けという事なのか……。


 俺は驚きに打ちひしがれながらも、大人しくメニュー表を差し出す。



「ご注文お決まりになりましたら、お呼びく

「右京 天峯を出せ」



 お客さんは、俺の言葉を遮って言った。



 はぁ? 右京さんを出せだと?



「……此方メニュー表になりますねー。メニュー以外の物は注文しないで下さいねー」

「誤魔化しても無駄だ。此処に入り浸ってる事は調査済みだ」



 ……本当に何を言ってるんだか。此処はそういうお店ではない。



「あのー……すみません。右京さんと言う方がもし此処に来ていたとしても、個人情報になるので何もお教えする事はありませんよ?」

「私はあの人の弟子だぞ?」

「弟子であろうとですよ」



 ったく。最近の若者は押しが強くて困る。

 SNSに拡散するぞ、オラァ。



「まずは注文でもされてはどうですか?」



 イライラしてきた感情を抑える俺と変わって、比奈がメニュー表をもう一度差し出す。



「ふん、此処の料理なんてたかが知れてるのにか? それなら金をドブに捨てた方がマシだ」



 女性は、そのメニュー表を叩き落とす。



 おいおい、良い加減に……




「そんな事ないもん!!」



 そんな時、店の入り口から眉を吊り上げてメマが入って来る。



「ここのおりょうりは、ぜんぶおいしいもん!! おとーちゃんはすごいんだもん!!」

「め、メマ……」



 嘘でもそんな事を言って貰えるのは父親…? で良いんだよな? なんか嬉しいものがあるぞ!



「そんなの、貴女にとってだろ? 私の凄い物は師匠のだけだ」



 しかし、女性は目を細めて冷たく言い放つ。



 何なんだこの人は……さっきから右京さんの事ばっかだ。自分の事を弟子って言ってるし……ちょっと連絡してみるか?



 そんな事を考えているとーー。



「今日は来たわよ!」



 右京さんが、メマの背後から笑顔で現れる。

 ステータスボードの一件以来来てなかったが、来たという事は源さんに勧められてステータスボードを開いてみたのかな?



「師匠!!」



 顎に手を当て考えていると、女性は右京さんの元へと駆け寄った。それに右京さんは目を細めて迎える。



「……凪……何故貴女が此処に?」



 知り合いだったのか……でも何でそんな冷たい感じなんですかね?



「師匠がお出掛けから帰って来られないので、お出迎えに参りました」

「……私はそんな事頼んだ覚えはないし、颯太には旅館を頼むと言って来た筈。もう一度聞くけど、何で居るの?」



 おぉ………凄く不機嫌そうだ。



「師匠が心配で」

「は? 私を心配? 心配する前に貴女は自分の料理の腕の心配をした方が良いわよ? このままじゃいつまで経っても私には敵わないわよ?」

「師匠に勝とうなんて、私には一生掛かっても無理でしょう」

「………そ。哲平さん、私にいつもの」



 そう言って、右京さんはカウンター席に座った。



「あ、あぁ。枝豆と牛乳だな」

「師匠! 此処でお食事をなされるのですか!?」



 あぁ……もうキャンキャンと……。



「何? 貴女が私の食べる物に口出しをするの?」

「そ、そういう訳ではありませんが……態々師匠がこんな所で食べなくても……」

「凪……貴女は一度外に出てなさい」

「なんで

「早く」

「……はい」



 凪、という女性は眉尻を下げ、店の外へと出て行く。途中に俺の方を睨みをきかせるのも忘れない……何なの、本当に……。



 凪さんが出て行くと、右京さんは大きく溜息を吐いた。



「哲平さん、ウチの弟子がごめんなさい。気分が悪いわよね」

「あー……いや、良いんです。いずれは、ああ言うお客さんを相手にする時もあるでしょうから。それより弟子って……?」

「私の旅館の下で働く、料理修行中の者達の事よ。あの子は百何人といる弟子の中でも、一番出来る子なんだけど……私を異常に崇拝し過ぎなのが傷なのよ……」



 玉に瑕とかじゃないんだ。傷なんだ。



「でも、一番出来る子なんですよね?」



 それに比奈が反応する。



「まぁ、そうなのだけど……あの子が一番だとダメなのよ」

「ダメ?」

「さっきの話を聞いてたでしょ? 私の事を崇拝してるって。だから私以上の料理人になる向上心がないの。それだと後々の『桜花』の事を考えると……」



 あぁ。心配になるよなぁ。右京さんは源さんと同じ79歳。ハッキリ言えば老い先は短い人生だと言えるだろう。未来の事を考えれば、後進が育たっていないのは心配なのだろう。



「それに私は、私より美味しい料理を作る者と出会いたい。自分の腕を、向上させる為に」



 そう言って、右京さんは口角を上げた。

 それは今までにない程に、綺麗で、獰猛な笑みだった。


 俺はそれに自然と少し体を引きながらも見ていると、右京さんは「あっ」と思い出したかの様に拳を掌に当てた。



「実は今日もお願いがあって来たのよ」

「へ? お願い、ですか?」

「えぇ、前々から考えていたのだけど、凪が来て決心がついたわ」



 目を閉じていた右京さんは、カッと目を見開いた。



「此処に『桜花』の弟子達を数人連れて来たいの」

「弟子、をですか?」

「このままだと『桜花』は何もなく衰えて行くだけ。それなら少しの挑戦もありかなって思ったのよ。どうかしら?」



 まぁ………それぐらいなら、何とか良いかな?



「キャーッ!!?」



 そんな事を思っていると、外から悲鳴が聞こえて来る。



「い、今の声って!」

「な、凪!!!」



 俺、右京さん、比奈、メマは急いで店の裏側へと向かうのだった。

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