第31話 あー……ウチのは特別なんですよ。知らんけど。
「おまたせしました!!」
牛乳を注ぎ終えたメマは、直ぐにお客さんの前へとカップを置いた。
真っ白な何の模様もないカップにキラキラとした真っ白な牛乳。清潔感があって良いな、やっぱり。
「君が淹れてくれたからかな? 牛乳が輝いて見えるよ」
「えへへ」
そう言うけど……多分メマにもそう見えてます。
ーーと、言い出す事も出来ずに、お客さんはカップに口を付ける。
その瞬間、喉を鳴らしながら一気に牛乳を呷る。
「う、うわぁ……」
感嘆の息を吐き、目を点にしながらカップの底を見つめている。
「おかわりいる???」
「………あ、う、うん。頂いてもいいかな」
ニヤニヤと聞くメマ。
いや、気持ちは分かる。ぎゅーの牛乳は美味しい。だから、一杯目は味わう前に飲み終わってしまう。そして、おかわりするのはデフォルトなのだ。
「おまたせしました!!!」
先程よりも元気な声でメマが、牛乳を手渡す。
するとお客さんは、最初から口で迎えに行くのでは無く、鼻で牛乳の匂いを嗅ぎに行った。
ははぁん? もっとちゃんと味わおうとしているなぁ?
だけど、それは悪手だ。
「な! なんて濃厚な香りなんだ……牛乳を最大まで濃縮した様な……あぁ、もっと嗅いでいたい」
そうなる。
最初は味わい切る前に飲んでしまって、今度は香りを楽しもうかな? と、甘い考えを持って香りを嗅ぐ。そして、良い香り過ぎて飲むのが勿体無い。此処までが最初の人のルーティーンである。
ま、毎日通っているあの人はこれを3回は繰り返すのだから、毎日飽きせずよくやるよ。
「お客さん、戻って来て戻って来て」
「は!? 今私は何を……」
「牛乳飲む前でしたよ。さ、飲んで飲んで」
「え、あ、は、はいっ………あぁー……凄い、美味しい牛乳ですね」
今度はちょびちょびと飲むと、大きく息を吐いて目を細める。
「ウチのは特別ですから」
「あ、そう言えばこの牛乳って店で飼っている牛から採ってるって見ましたけど、やっぱり餌に気を遣ってるとか?」
「そんな所です」
俺は笑顔で淡々と答えた。しかし、心の内は違った。
いやー、俺が聞きたいよね。何か特別な事してるんですか? って聞かれた時の答えは「そんな事ないですよ」か、「ちょっと企業秘密なんですよ」のどちらか。
それで、餌に気を遣っているのかと聞かれたらその波に乗り、「はい」と言う他ないだろう。
「あの、隣にあった建物がそうなんですよね? 良かったら見学とかって……」
自分のコミュ力ぶりに情けなくなっていると、お客さんはぎゅーの見学をしたいと言う。
まぁ、別に。ぎゅーは頭が良いから襲う事もない。危険な事もないだろう。
「あぁー……全然良いですよ。今見に行かれますか?」
「そうですね、枝豆は牛を見終わった後に出して貰う事とか……」
「えぇ、構わないですよ」
俺が笑顔で答えると、男性はワクワクするかの様に目を輝かせていた。
これは田舎ならではあるだろうが、普通の店では牛なんて見る事が出来ない。それこそ牧場とかに行かないと見れない動物。
これもウチの利点だよなぁ。
俺とメマ、お客さんは店から出るとぎゅーの元へ向かおうと外に出ようとするとーー。
「その前に、お手洗いはどこですかね?」
「あ、それなら店の裏の方にあるんで、案内しますよ」
トイレのようだ。っと、その前に丁度通るし、説明しておくか。
「一応、此処が枝豆を作っている畑です」
「あ、オススメって言う………あ、あの」
「はい?」
お客さんは、何処か呆然としながら畑を指差していた。
「な、なんかキラキラしてません?」
「え、あ……」
指差した方向にはキラキラとした枝豆の植物達。
そうだった……最近はこれに慣れて来ていたが、普通は野菜なんてキラキラしないんだった。
「今日の朝露が残って光で反射してるのかもしれないですね」
「え、光は木で全然……」
「さ、お手洗いでしたよね? 早く行きましょう」
「あ……はい」
俺は自分の失言を掻き消すかの様な、自然な会話でお客さんをトイレまで案内するのだった。
____________
「汲み取り式のトイレみたいでしたけど……すごく綺麗で匂いも良い匂いでビックリしました。しかも音姫も完備してるとは」
飼育小屋に向かっている途中、トイレから出て来たお客さんは、これでもかとトイレの事を褒めてくれている。
それ程までに意外だったと言う事なのだろう。
しかしこれには、最近作られた新品だと言う事も大きいだろうが、それ以上に訳がある。
最近、エースさんにはゴミ処理も任せる様になって、何故か結構成長しているんだよなぁ。
そう。最近気付いたのだが、エースさんは最初にゴミ捨て場でゴミを漁っていた。その事から「もしや?」と思ってゴミを与えてみると無事に消化? してくれたのである。
態々店のゴミを200メートル先にあるゴミ捨て場まで持っていくのダルッて思って、エースさんに任せた俺、天才かもしれん。
しかも与えたゴミの影響なのか、ただの消臭だけじゃなくてハーブティーみたいな、めっさ良い匂い出すようになったんだよね。ついでに処理に困ってた、壊れたCDプレイヤーやったら音楽流す様になったし。
いやー……スライムって凄いんだな。異世界の魔物なだけはあるぜ。
そんな事を思いながら、お客さんをぎゅーの元まで案内するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます