第2章 第1話

 二月になったある日、僕は決められた服を着て、教えられた場所へ向かった。

人間の中には人魚と仲良くしてるのもいて、その人たちの助けで色々と用意してもらえた。

住むとことか、お金とか。

だけどそれは大事な秘密だから、ここでは内緒。


 人間ってのは、自分の皮の上に、この「服」という名前の衣装を着けていなくちゃならないんだって。

ほら、ヤドカニたちが自分の殻に海藻をくっつけて着飾るみたいにさ。

人間はそれにちょっとしたルールがあって、なにを着けるかでその人の今の状態とか役割、立場を表してるんだって。

だから人間は、その時々に応じて服という名の皮を変えてるんだって。

人は服を見て相手の状態を判断する。

見たらその人がどんな人か分かるようになってるから、ちゃんと服は着ないといけないらしい。

下着とか靴下とか、色々沢山つけなきゃいけないから、とっても面倒くさい。

そういえばウミガメのおじいちゃんも、甲羅にイソギンチャクいっぱい付けてたよね。

嬉しそうに拾ってきた貝をのっけてたくせに、突然怒りだして、急に「取ってくれ」とか言ってきてたけど。

きっと人間もそんなものなんだろうと思う。


 2本の足で歩くのにも慣れた。

人間の足は柔らかすぎるから、先端を覆う靴を履くんだって。

最初はそれがあると歩きにくくて嫌だったけど、確かに裸足で外を歩くのには、この作りは向いてない。

しばらく練習してたら、靴にも慣れた。

海にいた頃は、水の外に出ると体が重くて仕方がなかったけど、まぁ僕たちだって岩場に上がって日光浴とかはしてたから、そこは案外平気。

ちょっと不便。


 僕は人間になって、とにかく最初は体が熱くてたまらなかったけど、それでも夏に比べたら冬の方がいいよって言われたから、夏になったらどうなっちゃうんだろう。

それでもようやく体の熱さにも慣れ、外の空気が寒いと感じられるようになってきた。

人間は鱗がない代わりに、この服という布で体を守り、体温の調節もするらしい。

便利なのか不便なのか、まだよく分からない。


 僕は制服っていう、曇り空みたいな色の上着を着て、やっぱり決められた鞄を持ち、靴を履いて外に出た。

この制服と靴と鞄を持っていれば、ちゃんと人間扱いされるんだって。

便利なアイテムなんだって。

僕には最初、どうしてもそれが信じられなかったけど、制服を着て少し外を歩いてみたら、本当に大丈夫だった。

誰も僕が人魚だと思ってないみたい。

平気だ。

海の仲間から教えてもらった通りにちゃんとやれば、大丈夫。

問題ない。

僕はそう確信した。


 決められた日と時間に学校という場所に着いたら、職員室に行けと言われている。

人間の暮らしってやつは、色々と決まりがある。

あとはそこで、先生って呼ばれてる人の、言う通りにすればいいんだって。

黙って大人しくしていれば、絶対に人魚だってバレないんだって。

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