第7話 ブレイクタイムの無礼講

 アヴァターラ号の大食堂で夕食会と称する無礼講が始まったのは午後八時のことだった。まずはハル艦長の就任後二回目となる夕食会での挨拶が始まった。

「乗組の皆さん!今夜は士官も兵も、艦長も何もありません!それが許される楽しい夜です!精一杯楽しんで、そして明日以降の戦闘を生き抜く力に変えてください!」

 挨拶をしながらハル艦長は手に持っていたおもちゃのマイクを鳩に変え、そしてその鳩が止まった掌に落とした枝をハンカチに変えて汗をぬぐい「ご清聴ありがとうございました」とあいさつを締めくくった。乗組員たちから拍手喝采が巻き起こる。

「すごい!」

「あれはかなり練習したな」

「前回の手品がスベって、かなり気にしてたもんな」

 演壇から降りてガッツポーズを決める艦長を微笑ましく見る乗組員たちには早くも楽しげな空気が流れはじめた。

「続いてヴォロス副長とティカ機関主任のコンビ『ハンニルズ』による漫才です。それではどうぞ!」

 客席に戻った艦長が白平パンを千切ってカレーシチューに浸し、口に運ぶ。演壇が撤去された簡易ステージにはヴォロス副長とティカ機関主任がマイクスタンドを挟んで並び、漫才を始めた。

「どうも、ハンニルズのヴォロスです!」

「ティカです!よろしくお願いします!」

 頭を下げた二人がまだ頭を上げ終わらないうちに、ティカ機関主任がネタ振りを始めた。

「そういえば皆さんですね、ハンニルズという名前に……」

 ヴォロス副長が礼をする頭を跳ね上げて制止に入る。

「待って待って流石に早いよそれは」

「だって皆さん気になってると思ったので……」

「だからって頭を上げ終わらないうちに言うことでもないでしょうよ。まあ説明しますと、『二人とも苗字がハンニルス』だからですね」

「あれ?私の苗字はハルナスですよ?」

 ティカ機関主任のツッコミに場が静まる。

「そりゃそうですよ。私の苗字もハンニルスではないし」

「あれ?じゃあ私たちのコンビ名って……」

「適当にティカさんの苗字をもじっただけですね」

「なにそれ、流石に適当すぎない?」

「適当なスタイルでやっております、改めまして我々、ハンニルズです」

 会場内に笑いが巻き起こる。ハル艦長はスープを危うく吹き出しかけた。なんとなく馬鹿馬鹿しいようなネタに会場が湧いているのを見てまた笑えてくる絶妙な塩梅には流石としか言いようがなかった。

「どうも、ありがとうございました」

 ネタがすべて終わり、爆笑とともに舞台を降りたハンニルズに代わって軽快な音楽とともに舞台上に現れたのはマクノス航空主任であった。軽妙な歌詞をラジカルかつシニカルに歌う音楽に合わせた軽快な動きは見ていて安心感すら覚えるほどであるが、踊っているのはツルツルの禿げ頭に軍帽を載せた初老の士官である。なかなかにシュールな光景だが、何故かその姿はとても格好良く見えた。

「航空主任、輝いてるな」

「そうだな。しかし戦艦の操舵から歌やダンスまでできるなんて、芸人やったほうが良かったんじゃないか?」

「アイドルになれたかもしれないよな」

「今からでも芸能界デビューしてみたら数年内にはギャラで食べていけると思う」

「それな」

 艦長の隣の席にいつの間にかステージ衣装から略装に着替えた副長が座る。拍手とともに航空主任が退場したあと皆が眺めるステージには、従軍記者としてアヴァターラ号に乗る記者が一人、自己紹介に出てきていた。

「夕食会の最中に失礼します。皆さんはじめまして、そしてこんばんは。ムガロポリスニュースポストM N Pから派遣されましたロジカ・フリーマンと申します。今から四年前の六八九一年三月に首都第三大学大学院修士課程を卒業し、ムガロポリスニュースポストに入社しました。この度この拠点からこのアヴァターラ号に乗り、従軍記者として今次作戦行動の様子を取材し記事にすることになりました。記者以外に小説家として本も出しているので、もしかしたら皆さんの中にもご存じの方がいらっしゃるかもしれませんね」

 ヴォロス副長は入港時に司令部連絡官が言っていた記者だと気づいてぼそりと声を発した。

「艦長、従軍記者というのは連絡をしない生き物なのでしょうか」

 そう言ってヴォロス副長がハル艦長の方を見ると、ハル艦長の視線はステージの記者の方へ釘付けになっていた。

「では皆さん、三か月という短い間ですがよろしくお願いします」

 自己紹介を終えた記者がステージを去ると、兵員たちは夕食の二食目を取ろうとカウンターに並び、艦長は白平パンを求める列に混じって白平パンを獲得してから挨拶のためにロジカと名乗った青年記者を探した。彼は会場の入り口からほど近いところで兵員に囲まれ、質問攻めにあっているところだった。

「記者さん、あんたいくつだ」

「そうだ、二十六で卒業にしても三十やそこらにはとても見えねえ」

「ペンネームはなんだ?よかったら教えてくれよ」

「首都第三大学のどの学科を出てるんだ?」

「従軍記者は初めてか?」

「首都の新聞社から来たんだろ、住んでるのはどの辺りなんだい?」

 ロジカ記者は次々に投げかけられる質問に答えようとしていたが、ついに諦めたのか新品のメモ帳を取り出した。その表紙にペンで「質問帳」と書き入れて、彼は声を張り上げた。

「これをこの広間に置いておくので、質問したいことがあったらここに書いてください。艦長に許可を取ってから、回答を書いたものを廊下に張り出させていただきます。あと、私はまだ夕食を食べられていないので失礼します」

 彼はそう言うと、入口から奥に進もうと兵士たちの間を縫って突き進んでいった。質問帳をステージに置いてから艦長の席に近づいていく彼に、ちょうど席に戻ってきたハル艦長が話しかける。

「ロジカさん、よろしくお願いしますね」

 ハル艦長がそう言うと、記者は振り向いて頭を下げた。

「艦長、よろしくお願いします。艦長は技術復興省の出身とお聞きしましたが、それにしてはずいぶんとお若いようですね」

 ハル艦長は少し照れながらも突然振られた会話に乗っかる。

「まあそうですね。ダメ元で研究員養成学校の試験を受けた結果が元技術復興省職員の空中艦隊士官ですから」

 ハル艦長がそう言うと、ロジカ記者の目つきが少し変わった。どことなく何かを疑っているような目で、ハル艦長の顔をつぶさに観察する。ハル艦長も同じように、彼の顔を注意深く観察していた。

「差し支えなければ教えていただきたいのですがご出身はどちらですか?自分はネーヴェンAX-Ⅲの十二番農業区画なのですが」

「奇遇ですね、私も同じです。しかも区画まで」

 ハル艦長の顔に確信の表情がよぎる。ロジカ記者が黙ってしまったのでハル艦長がさらなる質問を投げかけた。

「ではロジカさんの出身初等学校も十二農区第一初等学校、というわけですか?」

 ロジカ記者はうなずいて、ややあってから語り始めた。

「そうですね。三歳のころ反ムガロ連合との間で発生した攻防戦で両親が死んで、六つになってからというもの毎日のように戦災孤児養護施設から初等学校まで通ったものです。もともと一人息子だったので兄弟姉妹の世話なども必要なくて、さらに親戚との連絡もつかなかったものですから飛び級制度の補助金を頼りに大学まで進学して今に至ります」

 ハル艦長は強まった確信を証明するため、さらに問いかける。

「今おいくつですか?」

「二十五です。童顔なのもあってそうは見えないといわれますが」

 ハル艦長はとどめとばかりに最後の質問を振り出した。

「初等学校の同期に、マイ・カランベリという子がいませんでしたか?」

 ロジカ記者はうなずいた。

「お知合いですか?」

「いえ、私の妹です」

 ハル艦長の言葉に、ロジカ記者は驚愕の表情を浮かべつつうなずいた。

「やはりあなたはハル先輩でしたか。私が最終年次の時に科学講演会に来られたこと、今でも覚えていますよ。メガネはやめられたのですね」

「はい、コンタクトレンズにしたので。ああそうだ、ロジカさんの席はそちらの航空主任の隣です」

「ありがとうございます」

 ハル艦長とロジカ記者は握手をして席についた。食事をする二人の脳裏には、過去に見た戦闘が残した爪痕の記憶が去来する。二度と忘れられないであろうその鮮明な記憶を想起しながら、これからくぐるであろう死線の数々を思うハル艦長の胸中には、名状しがたい原点にも似た思いが渦巻いていた。

「艦長、一緒にカードしませんか?」

 一番狙撃砲担当の砲術士官に率いられた女性乗組員の一団が艦長のもとに集まってきた。ハル艦長は少し気の抜けた声で「ああ」と返し、ふらつく足を無理矢理伸ばしながら席を立つ。兵たちはすこし心配そうにしていたが、艦長は彼女たちを手で制して彼女たちについていく。やがて一団は確保した士官休憩室の円卓に着いた。砲術士官がカードの箱とチップのケース、それと三枚の円盤を手元に用意して説明を始める。

「ポーカー、様式はテキサスにしたいと思います。休憩室備品の汎用チップと艦隊備品のトランプ一そろいを使って、全員でゲームを一巡させます。七ゲームやって、最後まで勝ち残った人が最強です」

 ハル艦長は首を傾げた。

「ルールを知らないので説明してくれるとありがたいな」

「テキサスは有史以前からあるゲームで、ゲーム名にある固有名詞の由来は不明です。内容は手札五枚のうち二枚のみをプレイヤー個人の持ち札とし、残り三枚はプレイヤー全員が場に共有するコミュニティカードと呼ばれる五枚の札から選択するポーカーです。開始時にはディーラーの右隣のビッグ・ブラインドと呼ばれるプレイヤーとその右隣のスモール・ブラインドと呼ばれるプレイヤーが参加料として強制的に一定額をベットし賭けます。スモール・ブラインドはビッグ・ブラインドの半額を強制ベットする賭けることになっています。ディーラーは一ゲームごとに右隣へ移動していきます。今回は参加料となるチップ額面を十、全員の初期資産を二百とします。ディーラーはゲーム開始時に自分を含むそれぞれのプレイヤーごとに二枚ずつのカードを配り、強制ベットする二人は参加料をベットし賭けます。そしてプレイヤーは自分の手札だけを見て賭けに対しコール乗るレイズ上乗せフォールド降りるかを選びます。全員の行動が決まってから、ディーラーは山札の一番上を捨てて三枚のカードを場に出します。それから改めて全員が先の三つ、もしくは全員がベットを行っていない場合のみチェックパスから行動を選びます。全員の行動が決まったらディーラーがコミュニティカードをもう一枚出して、以下コミュニティカード五枚目が出て全員が行動を決めるまで同様の流れでゲームが進みます。最後までフォールドせずに残っているのが二人以上だった場合、ここで初めて手札を公開し直接対決に移ります。役は通常のポーカーのものと同じです。ハイカードについては持っているカード、つまり固有の手札のものを比較することになります。理解していただけましたか?」

 ハル艦長は長い説明を聞き終えてしばらく内容を反芻していたが、首をかしげて質問をはじめた。

「確認したいんだけど、ディーラーは三枚目までの共通札を出すときと同じように四枚目、五枚目の共通札を出すときも山札の一番上を捨てるってことでいいのかな?」

「はい、そうなりますね。それから言い忘れましたが、配られた二枚のカードは交換できません」

 士官がそう言うと、ハル艦長は士官服の袖を捲って、机の上で両手を組んだ。

「それじゃあやらせてもらおうか」

「では先ず私がディーラーをやります。ですから艦長がビッグ・ブラインドですね、十出してください」

「では」

 ハル艦長が額面十のチップを場に出すと、隣の兵が「レイズ」と言ってチップを二十出した。ハル艦長の手札はハートのキングとスペードのジャックである。ハイカードで戦うなら十分強いだろう。

「コール」

「フォールドで」

「フォールド」

「フォールド」

「レイズで。四十突っ込みます」

「艦長、どうします」

 砲術士官が言うと、ハル艦長は迷いなく額面十のチップを四枚前に出した。

「コールだ。これは戦えるとみた」

 砲術士官はカードを山札から一枚捨てて、三枚のカードを出した。ハートのエース、スペードの三、クラブの十。ハル艦長は自分の手札をもう一度見た。ハートのキングとスペードのジャックがそこに鎮座している。これならハイカードで行けるし場合によってはストレートにもなれる。

「では続いて……」

 と、ハル艦長の隣にいた兵が食い気味に宣言した。

「フォールド」

「ベット、八十」

「コール」

「皆さん早いですね、四枚目を開けます」

 砲術士官が開けた四枚目のカードはスペードのクイーン。ハル艦長は心の中でガッツポーズをして、そっと手元のチップすべてを突っ込む心の準備をした。

「自分はフォールドです。悔しいが勝てません」

 「コール」と言って一のチップを出す準備をしながら周りを見ると、ハル艦長はただ一人の生き残りになっていた。

「コール」

 ハル艦長が一のチップを前面に出す。砲術士官は場に出たチップすべてをまとめて言った。

「艦長、あなたの勝ちです」

 ハル艦長は三百三十五になった資金を手元に置き、次の札が配られる前に五のチップを前方に出した。隣の兵が十を出し、カードが配られる。艦長のカードはスペードのキングとスペードの十。

「三十、レイズです」

「フォールド」

「フォールド」

「フォールド」

「フォールド」

 艦長は六十のチップを前に出して宣言した。

「レイズ」

「フォールド」

 スペードのクイーン、スペードの八、スペードの五の順で三枚のコミュニティカードが並ぶと、もう一人は「レイズ」と言って百二十のチップを出した。艦長は「コール」と言って十のチップ一枚と五十のチップ一枚を前方に出す。四枚目のカードにハートの十が出ると、隣の一人は「オールイン」と言ってすべてのチップを前方に押し出した。艦長は「レイズ」と言って三百二十のチップを前方に出す。

「じゃあサイドポットが適用されますね。艦長、百六十のチップは手元に戻していいですよ」

 砲術士官はそう言って三百二十のチップを集めると、残りを取るようハル艦長に促した。

「わかった」

 ハル艦長がそういって百六十のチップを取ると、砲術士官が五枚目のカードを開けて「直接対決ですね」と言った。五枚目のカードはダイヤの八。ハル艦長の隣にいた兵がカードを提示する。

「ダイヤの十とダイヤの十でフルハウス」

 ハル艦長はカードを開けて言った。

「私はフラッシュ、負けだな」

 その後もハル艦長の手元には絶妙に弱いカードしか回らず、結局ゲームに勝ったのは砲術士官の二つ左側に座っていた機関科の准士官だった。

「最強になりました!やった、やりましたよ!」

 准士官は大喜びで飛び跳ねながらガッツポーズをした。ハル艦長は拍手を送りながら微笑んで、彼女に心からの祝福をする。

「さて、そろそろ日付が変わりますからお開きにしましょうか」

 砲術士官はそう言って時計を指さした。時刻は十一時半を回ったところである。

「では私は寝ることにするよ。ありがとう」

「ありがとうございます!」

 艦長は休憩室を出て、着替えを取りに自分の居室へと向かった。午前一時にはベッドの中で眠っているだろうと考えながら、艦長は階段室に足を踏み入れた。

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