第4話 艦隊集結と極秘命令

 艦隊司令部に首都防衛にあたる四隻を除く全ての空中戦艦が終結するには二週間の時間がかかった。各空中戦艦はなるべく単独行動せず、管区ごとに必ず四隻が配備されている都合から四隻一隊の「戦隊」を基本とする艦隊の形で行動するよう求められ、各都市群から空中戦艦以外の艦艇、すなわち艦隊が保有する戦闘能力を持つ補助艦たちは各空中大地に分散派遣され、反ムガロ連合の艦艇を血眼で探し回っている。空中大地の広大な未開領域や度重なる戦乱で放棄された地方に潜む反ムガロ連合の艦隊が、確認されているだけでも五隻、おそらくは八隻の空中戦艦を集中運用してムガロ王立海軍の戦艦を各個撃破しようと作戦行動を行っていると推測するに足る統率された艦隊行動を行っていることが頻繁に確認できるからである。「すでに第五戦隊ではアーディティヤ級重戦艦の五番艦シャクラと六番艦インドラが攻撃を受け小中破している」と空中隊総司令官ウタカ元帥は語った。

「この艦隊司令部は危険な状態なのではありませんか?」

 オットー・ナレキス中将はそう尋ね、懸念を露にした。彼は艦隊司令部に駐留する第二戦隊のアーディティヤ級重空中戦艦四隻を指揮する指揮官である。彼はこの要塞都市ムラッタルスカの東端に突出した司令部が要塞都市の有する一部の火砲の射線に入るために王国の第二首都を防衛する上で大きな弱点となっていることを幾度となく指摘し、防備のために第一戦隊を駐留させる運用を定着させる程度には戦略上の問題に対し明晰な判断力を持つ男であった。しかし今回の艦隊の集結は明らかにやりすぎである、と彼は思っていた。司令部がその危険性をわかってやっているとしたら、とんでもない戦略家か途轍もない馬鹿が新しく赴任してきたことになる。

「艦を密集させすぎては優先的に撃破すべき戦略目標として相手に狙われやすぐなります。そうなれば艦隊が全滅するかもしれないのです。敵の遊撃艦隊一個の撃破などそのリスクには見合わないのではありませんか?」

 ウタカ元帥は「その指摘は今回に限っては適切でない」と明確に否定した。途轍もない戦略家がいるのだろうとナレキスは悟り、自分の旗艦「アーディティヤ」に戻った。そして彼は作戦の司令を電文として戦隊の全艦に伝達する。

「全ての艦隊がこの司令部にほぼ無防備な状態で集結しつつあることが敵艦隊にキャッチされているのは確実だろう。よって敵艦隊はここに襲撃を掛けると思われる。その襲撃を、空中艦隊は全軍の全力をもって迎撃する!」

 これが作戦の全てであると語り、ウタカ元帥はやっと全艦が集結した空中戦艦のうちシャクラとインドラ、それに首都防衛にあたる第一戦隊を除く三十隻に戦闘準備を命じたのであった。港の桟橋に船体を並べ戦闘準備を進めつつある空中戦艦三十隻の姿は壮観であった。

「こんなところに空中戦艦八隻を失うリスクを冒してまで敵艦隊が来るでしょうか」

 ヴォロス副長が誰にともなく疑問を投げかけると司令部の連絡官は副長につかつかと歩み寄り、それを見ていた艦長はただ黙ってほほ笑むだけだった。

「相手にはここに来なければならない事情があるのです。あなたが知っていてはいけないものですが、理由はあります。だから敵は確実に、ここに強襲を行うことになる」

「敵艦隊はもう第一層空中大地に誘導されているとみていいだろう。あとは哨戒隊、乃至はいずれかの仮装通報艦の通報を待つだけ、といったところか。甲板長、本艦の整備状況は?」

「全て予定通りに進行中です。補給はすでに完了し、あと一時間で衝角砲及び船体構造材の整備が完了します!」

「そうか」

 ハル艦長は不思議な笑みを浮かべたまま軍帽を被りなおして、艦橋の艦長席にそっと腰を下ろした。連絡官は会釈をして艦橋から退出する。艦橋はスッと静まり返り、士官たち全員がそれぞれの持ち場に戻る。艦長は端末の画面に命令書へのアクセス権限が付与されたことが表示されたのを確認し、生体認証をして命令書を開いた。その命令を作成したのは作戦本部第一課のソラン・サジラシスという士官らしい。命令書を読み、艦長は作戦立案者の名前を反芻した。艦橋では沈黙に耐えかねた士官たちが司令部の防衛状況について意見を交わし始めた。

「おそらく艦隊司令部に優秀な戦略家が来たのでしょう」

 ヴォロス副長が言うと、タキマ航空主任は疑いの目を向けた。

「飛び切りの自信を持った馬鹿ではないのか?」

「そんなわけは……」

 副長と航空主任が口論へと突入する前に、ハル艦長が彼らを手で制した。

「待て、司令部から作戦指示の伝達があるはずだ。無線手、司令部専用チャンネルの受信を開始せよ」

 ハル艦長の言葉に従い、無線手は司令部専用チャンネルに周波数と波形選択を合わせる。無線は複雑に暗号化されていたが、解読は容易に成功した。

「司令部からの命令を読み上げます。司令部内に集結した第二から第九戦隊の各艦は補給と整備が完了し次第、各艦の艦長より発出される命令に従い行動を開始せよ、以上です!」

「よし、全員聞いたな?これより本艦の全指揮権限は私一人に属する。甲板長、整備完了まであとどれくらいかかる?」

「整備はたった今完了!通常通りの手順で出港可能状態です!」

「整備員の撤収は完了したか?」

「はい!」

 ハル艦長はうなずくと、艦内放送用のマイクをつかんだ。

「これより出港準備を開始する!主機関出力最大、浮遊機関へのエネルギー注入を開始せよ!」

「了解、浮遊機関エネルギー注入強度四十五パーセント!重力補償点に達しました!」

「船体固定具解除!第八出港口から出港せよ!」

 船体を支持する固定具が下がり、船体がゆっくり前進を始める。ゆっくりとターンした船体は、港湾の側面でシャッターを上げつつある第八出港口を通過した。

「ここから面舵三十度。北方向へ針路を修正し、微速で前進せよ。全擲弾発射機は私が合図をしたら急速上昇、アップトリム九十度!船体軸線を鉛直上方向に向け、スラスターを最大出力で噴射せよ。総員、第一種戦闘配置!」

 艦内にベルが鳴り響く。

「第八警戒隊より連絡、敵艦隊見ゆ!位置はムラッタルスカ要塞東側のキフラ山脈の東四キロ、高度二百メートルの低空域にて停止中。艦隊司令部を正面に捉えています!艦種内訳、戦艦八隻。第八警戒隊は触接を続けるとのことです!」

「前方に突出している第二、三、四戦隊及び第八戦隊のシヴァが敵艦隊と直接砲戦に移行しました!本艦を除く第六戦隊の全艦、第七及び第九戦隊は援護を行う模様です!第五戦隊及び第八戦隊の残りは要塞砲郡の射線から外れ、遊撃戦力として待機中!」

 報告が飛び交うアヴァターラ号の艦橋から、艦の左舷側の後方に砲弾が落下し、爆発の炎が立ちのぼるのが確認された。数秒の時間をおいて、右舷側の前方にも爆炎が上がる。

「敵艦の砲撃です!射法はおそらく挟叉きょうさ法!本艦は捕捉されたと思われます!」

 砲術班の士官はめいめいに敵艦の弾種、砲撃の落下角度などから敵の位置を予測しようと試みる。そんな士官にも十分聞こえるような大音声で、艦長は命令した。

「今だ、煙に隠れながら急速上昇!一番三連擲弾発射機、船体後上方にMk.3087スモーキングチャフ弾を発射!観測手、スキャンレーダーを開始せよ!」

 艦長の指示とともに擲弾発射機がチャフ機能を持つ煙幕弾を発射し、地上付近に煙の塊ができる。敵艦の砲弾はそれを挟むようにして三回、四回と落下しながら煙の塊に接近し、ものの二分もしない間にかろうじて残っていた煙の塊は命中した榴弾によって吹き飛ばされた。

「次はこっちに来るぞ、船体トリムをゼロに戻せ!要塞周辺の地形データとスキャンデータをリアルタイムで比較、敵艦艇の位置を割り出せ!まだ各砲は射撃するな、敵をおびき出す!」

「出ました!要塞北東方向、山脈の反対側に敵戦艦四隻です!」

 艦橋の空気がピンと張り詰める。

「間違いないか」

「はい!」

「よし、全艦隊に敵艦情報を送信!しかる後に第八戦隊のガネーシャ、ガルダ、ハヌマーン及び第五戦隊の行動可能な二隻にこちらの誘導情報に基づき支援砲撃を行うよう暗号通信で伝えろ。本艦は上空から降下しつつ砲撃、あの敵艦隊を叩く!主砲及び副砲、ミサイル発射準備!」

「ガネーシャ、ハヌマーン、ヴァルナ、アンシャから応答、「情報を待つ」と!ガルダは正面の敵艦隊からミサイル攻撃を受け、回避及び反撃を行っているとのことです!」

「わかった、ガルダの武運を祈る。支援砲撃データ送信準備、ガネーシャ、ヴァルナ、ハヌマーン、アンシャの順に砲撃を開始するよう各艦に伝達!」

「了解!」

「行くぞ!最大戦闘速度、突進!敵単縦陣のうち、まずは最後尾の一隻をやる!前方に指向可能な第一主砲、第一、第二、第四及び第五副砲は全力射撃、砲側照準で撃ちまくれ!ミサイルは爆砕榴弾を装填、全発射管は一斉発射!各砲塔、発射開始!ミサイル発射、急げ!」

 猛烈な砲撃がアヴァターラ号から火箭となって発され、単縦陣でゆっくりと上昇中だった敵艦に着弾していく。敵艦はブルブルと振動し、一瞬の後に全艦が真っ赤な炎に包まれた。

「敵艦を側面に捉え、砲塔を狙って射撃可能な全砲門で射撃せよ!戦闘能力を可能な限り奪ってから離脱する!」

 速射砲の火箭が敵艦にミシンをかけたような破孔の列を作り、敵艦の砲塔は副砲に射抜かれ次々と動きを止めていく。そしてアヴァターラ号が離脱すると、即座に支援砲撃の一射目が周辺に着弾し始めた。砲撃が止むと、アヴァターラ号からのミサイルが次々と近接信管で爆発する。その様はまるで炎の壁のようである。

「最後尾の敵艦、痙攣振動を開始!浮遊機関に火が入ったものと思われます!」

「先頭の敵艦、爆発!弾火薬庫が誘爆した模様!」

「残る敵艦二隻から通信、平文です」

 艦橋が一瞬静寂に包まれる。

「敵艦から通信、戦闘行動をやめ降伏するとのことです」

「降伏を受け入れる、と伝えろ。アヴァターラよりガネーシャ、ヴァルナ、ハヌマーン、アンシャへ、敵艦が降伏した。支援砲撃の停止を要請する!砲撃着弾点から離れた位置に降伏した敵艦を着陸させる。警備隊から移乗部隊を回させろ!」

 艦内に歓声が上がり、艦橋も喜ぶ声に包まれる。勝った、俺たちはやったんだと皆が口々に騒ぎ始めた。それが徐々に大きくなっていくのを聞いて、艦長は艦内放送のマイクをつかむとマイクのゲインを大きく上げた。

「総員、傾注!艦長、ハル・カランベリより通達する!二隻に移乗部隊が到着し、他四隻が連行を開始し次第、本艦は東側の敵艦隊を攻撃する!主砲、そのまま降伏艦に向け続けろ!まだ戦意を捨てていない敵の兵士があれを敵艦にする可能性もある、気を緩めるな!」

 その言葉を境に、艦内は静まり返った。主砲は敵艦の方を向き続けている。

「そこの連合艦に告ぐ。艦名を明かし、回線を開いたままにせよ」

「こちら遊撃機動艦隊二番艦インドミタブル、後方の三番艦はフューリアスである。通信回線は接続を維持する」

「よろしい。インドミタブル及びフューリアスに告ぐ。使用可能な主砲の角度は全てマイナス五度に設定し、白旗を掲揚したまま各艦前方のクレーター付近に着陸せよ」

「こちらインドミタブル、了解」

「こちらフューリアス、了解」

 降伏した艦隊が着陸し、移乗隊が乗り込んで艦内を調査しつつ司令部付近の掩体壕に入渠させたころには正面の敵艦隊は要塞からの砲撃、肉薄したムガロ王立海軍空中艦隊からの砲撃、及びムガロ王立海軍空中艦隊の遠距離支援砲撃によって文字通り全滅していた。敗走した艦もシヴァがその主砲として搭載されている古代兵器、粒子ビーム砲で切り裂くようにして破壊したという。ムガロ王立海軍空中艦隊に沈没した艦はなく、損害も軽微なものに収まった。ムガロ王国の新聞はこの日以降、三日にわたりこの大勝利を一面記事に書き立てて喧伝し、王国の戦争はもうすぐ終わるかもしれないという楽観的な見方が国内に広がり始めた。一方で作戦を立案した者はいなかったことにされ、艦隊を構成する各艦の臨機応変な対応により勝利が得られたと国民には伝えられた。この作戦を通じて、アヴァターラ号艦長のハル・カランベリ大佐にはかなりの疑問が生起した。すなわち、少なくとも艦隊の指揮運用をする人物は再現不可能だと思われている過去の技術の不明な特性をある程度把握しており、一部の技術を実際に再現段階にまで持ち込んできているのではないか、という疑問である。例えば敵艦の詳細な位置を探ることは現状不可能なはずであったが艦隊司令部の予測に基づく作戦通りに敵艦はやってきて、そして殲滅された。ハル艦長は、艦隊司令部が過去に技術復興省に出した依頼などについても少し調べた方がいいかもしれないと考え始めたのだった。

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