06

固まって動かない茜を見て、浩輝はふっと笑みを漏らす。


「虫が苦手で雷も苦手って、可愛いにもほどがありますね」


「……バカにしてるでしょ」


「してないですよ。めちゃくちゃ可愛いです」


「可愛くなんてないわよ」


ツンとそっぽを向くも、茜の頬は勝手にピンクに染まる。


雷が苦手なことがバレて恥ずかしいのか、それとも可愛いと言われて照れているのか。

当の茜にもよくわからない。


ただ、今ここで浩輝に会えて嬉しいとは思っている。


「もしかして雨宿りしてたんです?」


「そうなの。会社がすぐ近くなんだけどね、駅に辿り着く前に雷が鳴ったから、それで……」


「俺は大学がこの近くなんですよー」


ふと、茜は気付く。


浩輝はカフェでバイトしているときは「僕」というのに、プライベートでは「俺」と言うのだ、と。


そんな些細なことさえ知れたことに喜びが芽生え自然と顔が綻んだときだ。


「浩輝くーん」


通路の向こうから呼ぶ可愛らしい声に、すぐにきゅっと顔が引き締まる。


「おーう、今行くわー」


浩輝はフランクに答えてから、もう一度茜に向き合った。


「大学の同級生と試験本買いに来たんです。茜さんはしばらくここで雨宿り?」


「そうね、この雨雲が去ったら帰るわ」


スマホの雨雲レーダーを示し、肩をすくめる。

レーダーによると、雨雲が去るのにはあと十五分程はかかりそうだ。

茜にとっては雨よりも雷の方が重要なのだけど。


「ねえ、さっきの子、浩輝くんの彼女?可愛いわね」


「そんなんじゃないです」


「またまた、照れちゃって〜」


茶化してみたものの、なぜだか心はズキズキと痛んでまるで失恋したかのような気持ちに茜は戸惑う。


そうじゃない。

そうじゃないのだ。


茜にとって浩輝はカフェの店員で、年下なのに話も合わせてくれるから可愛くて弟みたいな存在で。


ただそれだけ。

それだけだと思っていたのに。


まさか、それだけじゃなかったとでもいうのだろうか。

この胸の痛みが「恋」などとは認めたくない。


そもそも浩輝は六つも年下で大学生なのだから、アラサーである茜なんて眼中にないだろうに。

そんな分かり切った未来が見えているのに、どうして心が痛むのだろう。

浩輝が同級生と仲良くしてようが、それが彼女であろうが、茜にはまったく関係ないはずなのに。

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