3章

第24話:うちの朝食でサンドイッチは出ない

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【コラボ企画】奥多摩の山から多摩湖まで空中遊泳【ウイングスーツ】

メイジとタケシの色々チャンネル

チャンネル登録者数 2025.7万人


120k人が視聴中 42分前にライブ配信開始

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 びゅうびゅう吹き付ける風を切り裂く感覚はなんとも新鮮で、あの憎たらしいモモンガが見境なく首筋を切り付けて来る気持ちがちょっとだけ分かったような気にさせてくれた。いや、やっぱあの害獣許せないわ。

 眼下には緑の絨毯、そして遠くにはちょっとした水溜まりみたいに奥多摩湖が広がっている。空から見ると縮尺が分からなくなって遠近感が狂うんだなぁ。


《どうだいメイジ。空を飛ぶ気分は?》


 インカムからインストラクター(かっこいい)の大川さんの声。

 俺は今動画の撮影と配信でウイングスーツっていう空を滑空する特別な服を着て、奥多摩の山から奥多摩湖までを空中遊泳していた。

 カメラがくっついた変なヘルメットと配信中のコメントを表示する眼鏡を被りながらだとちょっと違和感あるけど、魔術で空気の流れを整えてやればなんとかなる。

 気分はどうかって聞かれれば、控えめに言って最高だ。なんで今までやろうと思わなかったんだろう。やっぱり都会の人は考えることが違うぜ!

 それにしてもこの訊き方いいな。「自分の手で肉を焼いた気分はどうだ?」って俺もいつか使おう。なんか悪い奴っぽくなるのはなんでだ。


「すげーよこれ。もっと早くやればよかった。今度うちの山でもやってみるよ」

『うちの山とかいうパワーワード』

『見てるだけでタマヒュンするんだが』

『I国人も見てます』

『これ控えめに言って死ぬ直前じゃなきゃ見れない光景だろ』

『このレベルの高さから落ちて死ぬつもりならもうそれ死ぬ気ないだろ』

『なんかめっちゃ速度出てないか? 大丈夫かメイジ』

『素敵な光景です』

『ワオ。スーパーマン』


 前々から予告していただけあって今日はいつもより大勢の人が配信に来てくれている。もう数字の表示が意味わからない記号になってた。


「うちの山だとアハロトマイノが邪魔かもしれないけど、邪魔しに来たら邪魔しに来たで夕飯になるしいいかな。タマヒュンは登校するとき崖から飛び降りて近道してるから慣れてるんだ。I国の人も見てくれてるの? ありがとー。このくらいじゃ死なないでしょ」

『だからなんやねんそのアハロトマイノ』

『私は生物学者です。それはどんな生物なのですか?』

『謎生物来た』

『この前言ってた首狩りモモンガも謎の生態すぎる』

『鳥? 崖? まって情報が多すぎる』

『ここ初めてか? 力抜けよ。適当に聞き流すのがコツだぞ』


 遠くからゆっくりと目的地の奥多摩湖が近づいてくる。谷間を走る道路を上から見下ろすのは不思議な感じだ。俺は今重力の力で車より早く動いている! 車に勝ったぞ! いうほど勝ったか?


「大川さん。これ着地どうするって言ってたっけ」

《聞いてなかったのかい!? 湖の上まで遊泳したらパラシュートを開くんだよ!》

「あーそうだそうだ。それであの紐を引くんだ」


 目的地の奥多摩湖はもうすぐそこだ。すぐそこだけど空の上からそう見えるだけで実際にはまだ距離がある。でも時間的な話で言えば割とすぐ着きそうな距離感だ。

 黙ってたけど実は途中から速度出すのが楽しくて風の抵抗を減らしたりしていた。その所為で今結構勢いがついてて、このまま飛ぶと対岸の山肌に突っ込むくらいには速度が出ている。大丈夫かな、パラシュートってどのくらい減速してくれるんだろう。


《それじゃあカウントダウンするから0で引いてね》

『333333333』

『222222222』

『11111111111111111』

「ゼロ! ふんもっぼ!?」


 俺は大丈夫だったけど停止の反動でカメラが落ちちゃった。視聴者のみんなごめん。たぶん結構怖い映像だったと思う。

 あー、でも楽しかったな。またやりたい。これ貰えないかな……。






 10月も下旬に差し掛かろうという頃。気温はすっかり過ごしやすくなって、学校行事では体育祭が終わり、12月の中間テストに向けて試験範囲が肩を回し始めていた。

 学校生活は何も変わらないようで、毎日違うことが起こってて楽しい。タケシは勿論、マサヒロもタクヤもミヤモもクラスメイト(ソウルメイト)は皆楽しい奴ばっかりだ。

 そんな中でも大きな出来事の一つは間違いなくアンジェラさんだろう。


「なに」

「ううん。なんでもないけど……」


 頭上に備え付けられたピンクの瞳から降り注ぐ視線の光線。真下から見ると睫毛なげーな……。今日も簡素なパンツルック? 銀髪桃眼の外国人は先日訳あって戦った念動力者アンジェラさん。今日もおっぱいがでっかい。

 この数週間で随分達者になった日本語だけど、感情の起伏が分かりにくい短文での会話は俺が知る対話の中で最も難易度が高い。つれない態度が殆どのケケ猫でももうちょっとマシだと思う。

 アンジェラさんはあの時急に現れて颯爽と立ち去り、やがて奥卵に頻出するようになった。

 話? を聞いたところ、俺と念動力を使った模擬戦がしたくてやってきたらしい。まあそれはいい。別に俺もそういうのに付き合うのは嫌いじゃないし、何なら今朝も妹と魔術でやってきたし、アンジェラさんとも何回もやったけど、そうじゃないんだ。


「あのさ、アンジェラさん」

「なに」

「この体勢なんとかならない?」

「にげるでしょ、あなた」

「いや別に逃げてる訳じゃなくて、この体勢になりたくないだけで」

「にげてる」

「にげてないし!」

「ならこのまま」


 うん。うん……? うん。

 アンジェラさんは近い。物理的にすごく。

 具体的には俺が座ってると脇の下を持ち上げて絶対に膝の上に乗せてくる。そりゃアンジェラさんの方が身長高いけど、そんな子供みたいに扱われては男の沽券に関わる。身長何センチ? 5.67フィート? それ何センチ? 約173? くっ、そのうち追い抜いてやるからな。

 今日はタケシが習い事だから、見つからなさそうな公園のベンチでSNSを色々見て回っていたんだけど、アンジェラさんはどこからともなく嗅ぎ付けて俺をホールドしてしまった。

 いや逃げてないが???

 と、こんな感じで俺の日常に一人増えた。

 そして、明日もう一人増える。これがもう一つの大きな出来事。

 ラヴィーネが魔界から帰ってくるのだそうだ。


「アンジェラさん仕事とか大丈夫なの」

「休暇中。初めて使った」


 いいなあ。俺も休暇使ってみたい。毎日遊んでるみたいなもんだけど。

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