第21話:battle/Secret Psychics Agentアンジェラ・リンドベル

 A国秘密念動力諜報機関、Secres Psychics Agentとは、日本における対魔特別対策課を更に先鋭化した、より実戦的な異能力者集団である。その使命はA国内の犯罪勢力の駆逐、在野に存在する念動力者のスカウト、もしくは捕縛、そして念動力その物の研鑽、研究である。

 念動力の存在は古くは北大陸を先住民族が支配していた時代から確認されていたが、オカルトや伝承を排した技術体系に編纂されたのは太平洋戦争の直前であり、それに従って組織の発足も遅れていた。そのため比較的近代に組織された、若い集団であると言える。

 その半世紀余の歴史の中で、アンジェラ・リンドベルほどサイコキネシスに精通した念動力者は存在しなかった。単純な出力。精度。持久力。そして多岐にわたる操作対象。一時的な時間停止すら行うその実力は、組織の中ですら羨望を通り越して恐怖の対象であった。本国から遠く離れた国外で支援もなく跳ねっ返りの捕縛を言いつけられるのがそれを現しているとアンジェラは感じていた。


 他者にとって幸いであったことは、彼女に人並みの愛国心と正義感と倫理観が備わっていた事だろう。己が生まれた国、家族や地域を愛し、その外側にあるあまねく人々を尊重する。そうであるから、それを脅かす敵は憎むべき存在であり、排除すべき存在なのである。


 しかしいつからだろうか。

 生命の危機を感じるほどの敵が存在しないと気づいたときだろうか。

 自分の実力が余りにも突出しており、同じ目的を持つ同志でありながら、対等に並び立つ仲間が居ないと気づいたときだろうか。

 敵にも味方にも、並び立つ者のない生活は彼女の世界から熱を奪った。

 自然、世界は内向的になる。己の内なる能力にフォーカスされた時間は、元から高かった彼女の念動力を更に研鑽する結果となり、より一層彼我の実力差は広がってゆき―― 彼女は孤独になった。


 故に、彼女は今、久しくなかった"熱"を感じていた。心が高ぶる。

 反射的に撃った初撃こそ手ごたえがあったが、次弾以降は完全にいなされている。大気に干渉して弾丸として打ち出す攻撃は消費するコストが低く且つ"過剰な破壊"を引き起こさないため最も使用する頻度が高い。

 最低でも"受ける"か"避ける"事を強要出来る攻撃という認識だったが、姿の見えない侵入者は"散らして"受け流していた。攻撃強度をランダムに上下させても全て散らされている事から、この侵入者は攻撃を見てから同規模の防御を行い無効化していることになる。曲芸などという領域ですら生温い、人智を越えた超絶技巧とすら言えた。あろうことかそれを行いつつ反撃まで繰り出してくるではないか。

 高ぶりを感じる。敵だ。敵が現れたのだ。



 アンジェラは背後で物音を察知した。

 意識の糸を振り回して背後を確認。捕縛していたジョナサン・モストが独りでに浮き上がり移動していた。

 意識を取り戻した? そうだろうか。どちらかというと見えない何かに捕まれて宙を泳いでいるようだ。そこで得心する。なるほど、扉の一人ともう一人、侵入者は二人居たのだ。

 唐突に正面の一人が虚空より姿を現した。黒いジャケットに……狐の面? 小柄な体格だ。


「"ごめん。気合入れないとこの人倒せない。余力考えると残りの転移は2回だから、ジョナサンさんと一緒に先送るね。俺は車で乗っけてって貰って帰るよ。

 ……いや、戦いながら『長距離転移は』危なすぎるって、失敗したら俺ぐちゃぐちゃだよ。後で行くから先に待ってて。術、解除するよ"」


 声は幼い。恐らくこの国の言語で何かを喋っているため内容は聞き取れない。


「"馬鹿やろう、お前が転移し――"」


 背後から唐突に声。背後には二つの生体反応。こちらは成人男性。しかし声は途切れ――何? 反応が消えた? ジョナサン・モストと共に再び透明化したのか?

 分からない。分からないが、見えないだけでまだそこに居るのなら、逃がすより殺してしまった方が良いだろう。

 周囲一帯の分子運動に干渉。急速に冷却することであらゆる生命を凍り付かせる……


『――、―――』


 はずが、生まれたのはそよ風。恐らく熱量の操作によって相殺され、気圧の微変動により生まれた風だろう。器用な事をする。


「1on1が望み?」


 時間を稼いで全員逃げおおせるつもりなんだろう。そんな無様を晒す訳にはいかない。まずは目の前の相手を突破する。

 牽制に風の砲弾を32列で斉射する。ガトリングの要領で螺旋状に連続発射されるこれを受け続ける事は出来ても反撃することは


 時間が停止する――


 侮るなとすぐさま解除。刹那の間途切れたガトリングの斉射に意識を向け、


「なっ!?」


 増えていた。確かに1つだった人影は3つに分裂していた。分身なんてふざけた現象、そんな簡単に起こされてはたまったものではない。


(幻影? いや、別々の動きをしている。だからこそ幻影、いや、全部破壊すればよいこと!)


 ――時間が動き出す。


 一人は左、一人は右、正面の個体は砲弾を受け流す例の防御に徹している。

 分からない。分裂した個体全てが自在に動き同じ能力を有するという前提で対処する。

 速度重視で全体に発火して爆炎を炸裂させる。思ったような効果が発揮されない。いくらか相殺された。

 煙の中、左に感。対象の足元の床を隆起させ串刺しを狙うが回避される。相手も同じことを試みようとした気配はあったが、先んじて自分の足元を固めていた私が一手勝――


 時間が停止する――


 なん、いや、おかしい。解除は迅速に行う。正面と左も停止して解除していたはず? ならば、右の固体か!


 ――時間が動き出し、また停止する――


 また時間が止まった!?

 解除。右。右の個体が時間を止めたのか? いや、右も止まっている。ならば……左の個体がいない!? 一体何が起こって


バチィッ


 首筋に痛み。


 ――時間が動き出す。


(何が、なんだか……)


 身体が言うことを聞かず地面に崩れ落ちる。

 朦朧とする意識の中、最後に見たものは4つの狐の面が倒れた私をのぞき込む姿だった。

 そうか、1人潜伏して、4人、いたのか……。

 意識が暗転する。

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