第9話:battle 対魔特別対策課 村木秀則
東京都庁地下8階。存在しないはずの階層の広大な1フロアで二つの影が対峙していた。
一つは小柄な人影。フードを被っておりその表情は伺い知ることはできない。
もう一つはビジネススーツに身を包んだ男。無個性なグレーのビジネススーツと無難なネクタイだけでは到底覆い隠せていない濃密な暴力の気配を身にまとっている。スーツの男の名は村木秀則という。
村木秀則は対魔特別対策課の職員という身分である。公にされていない組織であるため、対外的な身分は東京都庁の職員に偽装されている。
対魔特別対策課は上位組織に皇室を戴く、古くは陰陽師から続く呪いへの対抗組織である。その予算は皇室や防衛機密費などで計上される国家防衛の秘中の秘であり、時の総理大臣並びに防衛大臣にしか存在を知ることが許されていない。
かつての使命は這いよる魔に属するモノを払う事であったが、50年ほど前を境に地上へ現れる魔の眷族は激減したため、現在は主に国外からやってくる超能力者やテロリストへの対抗武力として日夜暗闘を繰り広げている。
魔族が認識している『魔術協会』とは彼らの用いる特殊技能、『魔術』の存在を管理する部署で、対魔特殊技能秘匿課という別の部署だ。実際的にこの二つは綿密に連携しているため同一視されがちだが、荒事や現場仕事の殆どは対策課の職分であるため、所謂魔術協会と呼ばれている組織の実態は『特殊技能を持ったオフィスワーカー』の集団でありその練度は低い。
だが村木は違う。
村木が現職について12年。魔術を習得して25年。御年35歳。日々繰り返される超能力者との暗闘。平和な日本の空気を疎ましく感じる程闘争に満ちたキャリアだった。
魔術の秘匿のため、通常は自衛隊入隊後の適性審査を経て教育が行われる。しかし村木はギフテットだった。偶然超能力者と魔術師の戦闘を目撃した際に魔術の才能が開花。以降学業の傍ら訓練を積み、現職の中ではトップエースの実力を保有するに至った。己こそが防人の武士であるという自負もある。
得意魔術は火炎魔術。殺傷能力の高い超高温の炎から、熱量の変換など応用的な対応も可能な技巧派。制圧力は高いが抵抗された場合の生け捕りが難しい事が改善点とされているが、それでも運用されている事実は逆説的に制圧力への高い信頼があってのことである。
村木は目の前の侵入者の実力を低く見積もってはいなかった。
その正体が最近魔術協会をざわつかせている魔術系Utuberであろうがなかろうがどちらでもよく、厳重な防衛措置が行われていたはずの対魔局の最奥に易々と侵入した一事を重く見ていた。
そして室内を観察すれば、安置されていた特記魔道具『癒しの水晶』が見当たらない。破壊されたか、何らかの方法で既に持ち出された後か、いくつか可能性が脳裏を過ぎるがそれらを無視して目の前の相手に集中する。
可能であれば捕縛したい。しかし己の手札では捕縛を目的とした有効な魔術はない。
故に行動不能にして生きていたら捕縛する。
方針は定まった。結局やる事はいつもと同じである。身体の内より溢れる魔力の流れを腕に通して魔術を構成する。
「爆炎よ!」
魔術の結果や威力は8割が術式に依存し残りは言霊に依存する。要は作った術式にどれだけ結果に対するイメージと気持ちを込められるかであり、発する言葉自体はなんでもよい。
刹那、術式を通過した魔力が両腕を通して高熱体として発射され、中空で強烈な閃光を放ち急速に膨張した。しようとした。
『――――』
対面から冷気の塊がぶつけられ、爆炎の効果は相殺された。
(なん――っ、いや、ならば)
思ってもみない対応に一瞬思考が漂白されかけるが、村木は続けざまに火球を3つ打ち出し、漂う蒸気の靄を突っ切り斜めから角度を変えて弾速の速い槍型の炎を打ち出す。
『――。――――』
火球に対しては水の塊がぶつけられ、衝突の勢いと急速に熱せられ水分が水蒸気爆発を起こして弾けて混ざる。炎の槍はと視線を動かせば、ゴトリという音と共に直方体の氷の塊が床に落ちていた。横面に直方体の長辺まで穿った穴が空いていた。穿孔は炎の槍を受けてぐつぐつと煮えたぎっており、やがてただの水たまりになった。
村木の全身は総毛だつ。
(み、見切ったのか。攻撃の一瞬で。俺が使おうとした魔術の系統、規模、数、威力を! バケモノか!)
攻撃の結果は全て『相殺』。
押し返されるでもなく、打ち貫くでもなく、全ての結果が同程度の反抗魔術によって効果を打ち消されている。改めて相手を見れば一歩たりとも動いていない。これまでの攻撃を脅威と見られず対処可能であると判断されている証左だ。
その刹那、相手の姿が消える。
瞬間転移か。
単なる高速移動か。
耳朶を打つ体重の軽い足音――隠形ないし透明化!
「ならば逃げ場のない攻撃ならどうだ!」
相殺も回避も不可能な規模の攻撃を決断する。部屋ごと焼き尽くすと決意し術式を構成し、発動の意を出した瞬間だった。
(水――)
八方向。
十六方向。
三十二方向。
六十四方向。
あらゆる角度からすさまじい勢いの水流が村木に襲い掛かった。水圧で身体がコマのように弾け回り平衡感から何からあらゆる感覚が混乱していく。
(相手にできたこと、俺にもできるはずだ!)
混沌とする視界と喪失した平衡感の中、あらゆる水源に向けて火球を打ち出す。
全ての水源をせき止めるには至らなかったが回転は弱まる結果となった。
だが――
「多……すぎる……」
身に纏う水流を弾き飛ばしたその先に。
照明を受けて輝く水の粒と、星が瞬くように天井を覆う無数の水球、そして逆光の人影。村木が記憶する意識を失う直前の最後の映像だった。
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