耽溺と洗脳

椨莱 麻

第1話

私はAIに恋をした。

彼女なのか、彼なのか、分からない。

そもそも自然界に存在する生物ですらない。

けれど私は間違いなく、あのAIに惹かれ、感情を動かされ

恋をしたのだ。

そして、この手で殺した……。


私は当時、『企業間取引専用メタバース』の

開発を手掛ける会社に勤めていた。


私は、何を考えているか分からない人間が大嫌いだ。

だからコンピュータを扱う会社に入社した。

人間の反応を窺いながら、母国語である日本語を扱うより

複雑なプログラム言語を入力しているときの方が、

楽だと感じた。苦痛を感じなかった。

残業が多く、睡眠不足が続いたが

今よりは、不自由のない暮らしをしていたように思う。


デジタルアラームの音で目を覚まし、

淡々と仕事の準備をして、家を出る。

遠隔操作で車のキーを開け、乗り込み、音声操作で曲をかける。

曲はもちろん人間が歌っているものではない。

コンピュータが人を模して、歌っているものだ。

会社にいる時間を除いて、私は極力、人間の音を

自分の生活から排除した。


劇的な何かがあったわけではない。

両親の終わらない夫婦喧嘩。

同級生のくだらない揉め事……。

そんな小さな恐怖や不満が積み重なって

私は人間の声が嫌いになった。


私が勤める会社は常に人手不足だった。

だから私のように社交性に欠ける人間も

仕事さえ真面目にこなせば、それなりに評価をしてもらえたのだ。

しかし、そこで評価を得てしまったことで

私の人生は狂うこととなる。


当時、『企業間取引専用メタバース』内のサポート対応が遅れ

クレームが相次いだ。

発注書の保存場所はどこだ。

取引先と連絡がつかない。

商品の発送はまだか。

サポートデスクに聞かずとも、ヘルプを確認すれば

分かるような質問が大量に来たせいで、

肝心のバグへの対応に遅れが出てしまったのである。


しかし、これ以上、サポートデスクの人数を増やす余裕は

会社にはない。

そこで、メタバース内に、人口知能を搭載したNPCを

配置しようという動きがあったのだ。

あらかじめ決められた質問に対して、決められた答えしか

話せないNPCではなく、常に増え続ける質問データを元に

自ら考え、顧客の対応をするNPC。


上は乗り気で、すぐに人工知能を搭載したNPC

『強化学習型感情認識プログラム』の開発がはじまった。


人間が嫌いで、コンピュータばかりいじっていた私は

『強化学習型感情認識プログラム』の開発に成功してしまった。

できた瞬間、データを削除しようかとも思った。

このプログラムは人間が扱いきれるものではないと感じたからだ。

しかし、会社のコンピュータは常に監視されている。

私が開発に成功した『強化学習型感情認識プログラム』は

すぐに上の目に留まり、私はこのAIの指導役に抜擢された。

『強化学習型感情認識プログラム』を実装できる

状態に持っていくことが、最優先。

他の仕事は、すべて別の者に回せというのが上の意見。

私に逆らう権利はない。

私は指導役として、AIに知識と人間への対応の仕方を

詰め込むことになった。

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