第280話 心中してもいいよ
目の前で、ノットは刺される。それも、あの日本刀で……腹部から突き出る刃は、本来銀色に鈍く光るはずが、赤く光っている。つまり、ただの刃物ではない……ノットの炎の力が、内に宿っている形だ。
そんなものを、あんな生身で……背中からとはいえもろに突き刺されてしまえば、いくら痛みに鈍いとはいっても限度があるだろう。
どうやらノットは、本気のようだ。どんな関係性にしろ、顔見知りを自分の手で……
「今度は私が、ちゃんと殺してやる。だから……」
「えっと……ノット、もしかしてこれで、私を殺せる、つもりだった?」
「……は?」
「は?」
思わず、私も声が出てしまった……今、ローニャはなんて言った?
これで私を殺せるつもりなのか……と。その声は恐ろしく落ち着いていて、恐怖も苦痛も感じられない。
いや、なにも感じていないはずはない。だって、刺されている場所は地が流れているし……体の内側から、焼けるような熱さというか痛みがあるはずなのに。
まったくの無表情。なにが起こっているのかさえ、わかっていないのではないかというくらいに。
「な……」
即死ということはないかもしれない。急に意識を失うということはないのかもしれない。でも……背中から長剣を刺されて、こんなにもけろっとしていられるものだろうか。
きっと私だって、無理だ。死なないまでも、なにかしらの反応はするはずだ。それを……
「言ったじゃない。痛みは感じないんだって」
剣が突き刺さったまま、ノットへと振り返り……恐ろしいことに笑顔を浮かべていた。
「痛みを、感じないって……程度が、あるだろ。お前、今まで、どんな生活を……」
「んー、言った通りだよ? ちゃんと聞いてなかった? それとも、私の話が嘘だって思ってたの? あの日から今日まで、いろんなことをされてきたこの体は、どんなことをされても耐えられるようになったんだー」
……それは耐えられるようになった、というより、耐えられるほどに体を改造されてしまった、と言った方が近いのではないのだろうか。
改造と言うと聞こえはいいが、それは……何度も何度も、殴られたり蹴られたりそれこそ刺されたり。そういった痛みを刻み付けられ、苦しみや恐怖という感情が死んでしまったのだろう。
「ノット、そんなに私を殺したいなら……いいよ、一緒に、死のうよ」
「は……なにを、バカなこと言ってるんだ」
「? 本気だよ? ノットとなら一緒に死んでもいい」
なんだなんだ、まさかの心中のお誘い、か? 私にとっては、邪魔なノットと不気味なローニャが一辺に消えてくれるなら、それは願ったり叶ったりだけど。
「ねぇノット、私は……」
チリィン……!
ノットの目は本気だ。生への執着がないってのは、ここまで思い切りが良くなるものなのか……そこへ、妙な音が届いた。
いや、妙な音とはいっても……聞き覚えのある声だ。これはそう……鈴の音。あれだ、夏に風が吹くと鳴る風鈴……あんな感じ。
それは決して、この場に轟く大きな音、というものではない。意識していなければ聞き逃してしまいそうな、そんな微かな音。それを聞いて……
「あ……行かないと」
さっきまで、しつこいくらいにノットに心中を迫っていたローニャの動きがピタリと止まり……どこかへと、歩き出す。剣が、刺さったままで。
歩みを進めていくと、背中から突き刺さっていた剣はあっさりと抜ける。剣が抜けたことで、少ししか流れていなかった血が、その量を増やしていく。
いくら刺し傷により即死しなくても、あんなに出血していては……血がなくなって、死んでしまう。
「お、おい、ローニャ……?」
「飼い主様が呼んでるから。行かないと……」
ノットの呼び掛けにも、まるで上の空だ。ただ、それが質問だということ、その意図は理解できているのか、今自分がやることだけを返す。
つまり、さっきの鈴の音は、ローニャの飼い主……である誰かが、ローニャを呼ぶためのもの。私は耳がいい方だから聞こえたけど、あんな小さな音、普通は聞こえないと思うんだけど。
それでも聞こえるということは、そういう風に仕込まれているのか……ていうかローニャ、今飼い主様って言ったよね。それって奴隷とか、そういうことなのか……私には、関係ないけど。
「おいローニャ待て、勝手に場を荒らしといて、勝手に帰るなんて……」
「うるさい」
ドパッ……
「は……」
引き留める、とは違うけど、素直に行かせまいとするノット。しかし、それをローニャは聞き入れない。むしろ、さっきまで自分から積極的にノットに話しかけていたのに、今ではノットに見向きもしない。
それだけでなく、掴みかかるノットを振り払う……動作で手を振るうと、ノットの体が激しく出血する。それはまるで、剣で斬られ、その傷口から血が勢いよく吹き出ているような……そんな、感じ。
あれは、手刀……とも少し違う。けど、形だけ見ると手刀だ。手を振るい、それにより体には刀傷が刻まれた……ただ、あんなこと私だってできない。
手刀により切断することはできても、あんなに深く、大きな傷を残すことは。あんな芸当、ただの奴隷にできるものか……?
"飼い主様"のお呼びを聞き、あれだけ心中ならいいよと言っていたローニャが、ノットをあっさりと切り捨てた。まるで飼い主様の命令を邪魔する者は、誰であれ排除すると……言うように。
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