第274話 同じ世界、違う世界の



「ぬらぁ!」



 ガギンッ……!



 放った左拳は、長剣の刀身に受け止められる。私の動きを読まれていることもそうだが、その剣の硬さに驚いてしまう。呪術の力で攻撃力も上がっているこの拳は、剣くらいなら簡単に折ることができるはずだ。


 なのに、刀身は少し揺れるだけで、ひび割れもしない。



「わりとパワーバカだな、英雄サマ」


「うる、さい!」



 力押しでやろうにも、ノットは一歩も動かない。結構力を入れているのに、全然涼しい顔のまま、動かない。


 力は拮抗……だけど、暗殺者を前に単なる力勝負じゃダメだ。こうしている間にもトリッキーな技を、どんどん使ってくるのだから。


 背後に現れたノットの、斬擊。その場でしゃがむことでかわすが、続けて前にいたノットからの蹴りが迫る。かわすためにのけぞるが、かわしきれずに顎に足先が食い込む。



「……っ」



 追撃を許さないよう、バク転をするようにしてその場から回避。視界に捉えた『二人の』ノットから目を離さない……が、すぐに三人目のノットが、死角から現れ鋭い蹴りを放ってくる。



「っと……!」



 一つ一つの攻撃を避けることは、たいした問題じゃあない。問題なのは……



「くそ、次から次へと……しかもいちいち死角から……!」


「暗殺者だからな。わざわざ目の見えるところから、ばか正直に攻撃を仕掛けるわけないだろ」



 まるで瞬間移動みたいな移動技に加えて……分身なんて。どういう原理で分身を生み出しているのかまでは知らないけど。


 しかも、一人一人実体がある。それは、ノットの偽物などでなく、紛れもない本物を相手にしているということだ。



「吹けば消える幻じゃないってことか……」


「忍法、分身の術ってやつだ。私の炎は、気温を変化させることができるのはもう気づいてると思うが……そいつを応用したってわけさ。気温をうまいこと変化させれば……蜃気楼による幻影の出来上がりってわけだ。幻影っても、ただの幻影じゃないのはわかってるな?」


「……」


「まったく炎ってやつは便利だよな。気温を変化させれば蜃気楼を、粉に引火すれば粉塵爆発ってやつを起こせるんだろ」



 ……わざわざ解説してくれるとは……暗殺者っていっても、披露したがりなのかな。


 その正体は蜃気楼、ね……確か、熱気や冷気による光の異常な屈折が原因で、起こる現象だっけ。本来幻影であり、幻のため実体なんかない。本来は。


 ノットの作り出す分身には、実体がある。それは、まるで先ほどの紫色の霧に生み出された、記憶の中の人物のようだ。実体があるため、結局は本人と戦うことに変わりはないのだ。


 まあ、それはそれとして、もう受け入れる……というか諦めるしかない。実体のある分身が増えようが増えまいが、倒さなきゃいけないことに変わりはないんだから。


 それよりも……気になることが、ある。



「蜃気楼。……この世界で、そんな現象見たことも利用する奴も……いや、そんな言葉を聞いたの自体初めてだよ」


「……そうか。そんなこともあるだろうさ」


「それだけじゃない。言ったよね……粉塵爆発って。私の予想だけど、多分どっちもこの世界にはないもの。正確には、そういう知識はないはずだよ」


「それはあんたの勝手な思い込みだろ」



 思い込み……それはそうかもしれない。私が知らなかっただけで、実際にはこの世界には存在していたのかもしれない。


 でも……



「ノット、あなたが持ってたクナイ……本当に、この世界のもの?」


「なにが言いたい」


「その剣、私にはよく覚えがある。歴史の教科書に載っていた、日本刀ってやつに……そっくりなんだよ」


「へぇ、偶然だな」


「あなたがちょくちょく言ってる四字熟語……この世界に来てから、初めて聞いた言葉だよ。誰も、四字熟語なんて使ったことなかった。それどころか、たとえば私が『一石二鳥』って誰でも知ってるような四字熟語を言っても、グレゴたちはわからなかったよ。なのに、なんであなたは四字熟語を使いこなしてるの?」


「……なんでだろうな」



 おかしいと、思ってた。この世界では見たことない、クナイ、日本刀に似たもの。この世界の人間には知識のないはずの、四字熟語。ファンタジー世界には似つかわしくない、蜃気楼に粉塵爆発という言葉。


 これらは、別におかしな言葉や現象ではない……私の、元いた世界では。これをおかしいと思うのは、今までこれらの要素を影も形も見せなかった、この世界の住人が使っているからだ。


 ……そう、おかしくないと思うことと、おかしいと思うこと。これらは、確かに私の中で渦巻き……一つの結論を、導いていく。



「ノット、あなた……いや、違う。あなたに、私を殺すことを依頼した人間。そいつは、この世界の人間じゃないでしょう?」


「……」


「クナイも、長剣……いや日本刀も。そいつがこの世界に持ち込んだとすれば。この世界にはなかった知識も、言葉も。そいつが、使っていたとしたら。……そいつは、私と同じ世界の人間だ」



 あの長剣が日本刀だという確信こそないが……逆に、それが確信すれば、私の推論は当たる。


 クナイというものや、蜃気楼や粉塵爆発という知識、四字熟語という言葉は、もしかしたら本当に私が知らないだけで、この世界にあるのかもしれない。


 けれど、日本刀だけは違う。あれは、この世界にあるはずのないものだ。この世界でたくさん見てきた長剣とも、違う剣……たとえ日本刀を真似た剣だとしても、やはりそこには日本刀の存在がある。


 この世界にない日本刀。それが持ち込まれた……私の元いた世界から。とするならば、持ち込んだ人間は、私と同じ世界の人間だ。


 ただ、これは推論だ。これが本当だとして……じゃあなんで、同じ世界にいた人間に命を狙われなきゃいけないのかと、理不尽にも思うわけで。

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