練兵に倣う灰滅-6-
レンさんの後ろをついて歩いて、十数分経過した辺りだろうか。僕はとある執務室にて、二人の男に取り囲まれていた。片方は五.六フィートほどの身の丈をした金髪ボブの銀縁眼鏡、もう片方は七フィート弱の上背がある赤髪ツーブロックの左目眼帯。ゴロツキを彷彿とさせるような強面の二人組相手に萎縮するも、そんな浮足立つ光景が存外慈愛に満ち溢れたものであると判明するまで、然したる時間は掛からなかった。
「随分と若い子が入ってきたなと思いましたけど、まだ子供じゃないですか! 大方十五~十六歳でしょうに。そんな幼気な少年をこんな危険性の高い部隊に所属させるだなんて、上層部も何を考えていることやら……。通常なら考え難いことですよ!」
「いや、それ以前に全身血塗れなことに目を向けるべきだぞ。まずは風呂でも浴びて、着替えてから話を進めるべきじゃないか? クンツロール少佐からの治療を施されたとはいえ、こんな恰好じゃ不衛生極まりない。早く湯船を張って、着替えの準備でもしてやろう!」
自分よりも高い壁が
神を連想させる第一級接触禁忌種の野郎共とは異なり、一般的な見た目をした彼らの方が余っ程神様に思えた。あり余る優しさに触れ、僕は敬意を払い挨拶を交わす。レンさんは己に対する態度と二人に対する態度の違いに瞠目していたが、そんなものは関係ない。彼に払う敬意が僕の中には存在しないのだ。
「本日
慣れない軍人言葉で最初の挨拶を済ませると、彼ら二人は暖かい笑みを携えて僕を優しく向かい入れるように穏やかに頷いた。久々の人間らしい営みに自然と僕も相好を崩していた。「ここでなら猜疑心も恐怖心も抱かずに訓練に励めそうだ」とそんな安心感が生まれたのは、安寧に満ち満ちた世界が広がっていたからこそ。
「ティモシー・トラジェット少尉だ。これから一カ月の教練における実践指導を担当することになる。気軽に【ティム】とでも呼んでくれ。宜しくな、ハチ」
「ルーク・リトレル少尉です。僕はこの短期教練における座学指導を担当するので、分からないことは何でも聞いてくださいね、ハチ。ああ、僕のことは【ルカ】とでも呼んで頂ければと思います。改めて、宜しくお願いします」
二人の自己紹介を聞き終えると、僕はまたぺこりと頭を下げた。「そんなに畏まらなくていいですよ。隊長と同様に僕達の間にも階級差はないんですから」とルカさんが苦笑する傍らで、「あの絶対的要塞
「お前、俺に対してだけ態度が失礼じゃねえか?」
「そんなことないと思います」
対応の差を気にした本人が到頭口を出してきたが、僕はそれに即座に受け応える。下手に返事を返すのに長考した場合、彼が引っ掛かって来るであろうことは予測済みだった。納得いかない顔をしながらレンさんは更なる追撃を飲み下したように見えたが、消し切れていない何か言いたげな面持ちを見兼ねたルカさんが口を挟んだ。
「あんまり虐めると嫌われますよ、隊長。
血液でガビガビになった身体中は確かに気持ちのいいものではない。入浴で汚れを落とせるのであればこれ幸い。ということで、僕は諸手を挙げてルカさんの言う提案を受け入れた。ルカさんは僕の全面的に同意する姿を見て浴槽の湯を張りに僕の傍を離れると、「ティモシー、ハチのことお願いしますね。あと、隊長がハチを虐めないよう見張っておいてください」とティムさんに忠言する。同時にさりげなくレンさんに釘を刺すことも忘れずに。
ただ、僕は見ての通り手ぶらである。替えの服もなければ下着も何もない。タオルやアメニティ用品は備え付けだろうか。だなんて些細な心配事をしていると、何かを察したティムさんが「ちと失礼」と言いながら、僕の襟刳りをグイッと引っ張った。突然のことに暴力でも振るわれるのかと防御態勢に入ると、彼は「サイズはMみたいだぞ」と大きな声を上げた。向こう側から「分かりました。では、後ほどMサイズの衣服を持って来ますね」とルカさんの返事が返って来るのを目の当たりにして、なるほど僕の服のサイズ確認をしていたのかと理解する。一瞬殴られるのかと錯覚した己が恥ずかしくなった。先ほどから優しく丁寧に扱ってくれている人達に対し、こんな形で疑ってしまうとは、僕も存外疑心暗鬼になってしまったものだ。
「すまんな、いきなり襟を引っ張ってしまって。苦しかっただろうか。念のためお前の服の大きさを確認するため、襟のタグを確認させてもらうつもりだったんだが……。一言伝えてから見せてもらうべきだったな」
「い、いえ。ちょっとびっくりしただけなので大丈夫ですよ」
「しかし、一瞬俺に殴られるのではないかと誤認しただろう? あれは隊長に手酷い仕打ちを受けたトラウマから来るものじゃないかと思う訳だが、一応俺達第一部隊はお前を育てるべく任務を仰せ付かった身だ。これ以上無意味な乱暴は発生しないから、安心してくれ」
咄嗟に取った防衛反応が、レンさんからの相次ぐ暴行を受けた一種の後遺症と認識したティムさん。無論間違った認知ではなく、紛れもなく恐怖の記憶が呼び起こした自衛行為だ。安心させるように僕を落ち着かせると同時、上司のフォローまでするとはできた人間であると考える中、一方で「あの程度の拷問でビビるんじゃねえよ」と文句を垂れるレンさんは、やはり尊敬できないのが悲しい事実であった。
数分経ったところで、風呂が沸いたこと告げる電子音が鳴り響く。僕はルカさんの手から着替えとタオルを受け取って浴室へと向かった。その後ろで「
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