昼中に墜つ白烏-3-
「……ん?」
白紙の世界に脳が捕らわれたままだったのが、十数秒したところでやっと他のものに視野を広げることができるようになった――その時だった。
誰かの視線を感じるような、そんな薄気味悪く
かつて兄妹が口を揃え【本の虫】と称しただけはある。興味対象たる書籍がずらりと並ぶ目的地へ向ける足取りは酷く重いものの、着々と進めて行くその歩みは思いの外しっかりとしていた。近付くに連れて実感する本棚の背の高さに、僕は思わず感嘆の声を上げる。「何て立派な書棚だろう」と。
その各所には小難しい図書が
しかし、小さい頃から読書家と持て囃されてきた己の私室の本棚に比べても、それは確かに途方もない情報量に恵まれていた。己がこれまで全く触れてこなかった知識に圧倒されるような、飲み込まれるような、そんな感覚が胸の内側を支配する。そのジャンルに事欠かぬ賑やかしい書架は、物の見事に僕の好奇心を掴んで離さなかった。
多種多様の分野を扱う本が溢れながら、しかし秩序正しく整列している様は何とも圧巻だ。己を読書家の一人と自負していたからこそ、「ここの家主は相当の読書家か」なんて、そう想像するのも他愛のないほどに。
ただ一つ問題を挙げるなら、美しく整頓されている棚だからこそ、逆さの背表紙をした一冊だけがやけに浮いて見えてしまっていた、という点だろう。
「
逆さの一冊は
その場でパラパラと頁を捲り、自分の記憶と合致した物語を目で追い掛ける。何度読んでも飽きが来ないのは、作品毎に繰り広げられる彼独自の変幻自在な文体が、常に斬新な感覚を読者達に与え、惹き付けて止まないからであろう。
逆さまに収納された
そんな失点に気付いたのは、「この表紙のデザインがまた洒落てるんだよなぁ」と背表紙を撫で、
「――しまった! すっかり読み耽って……あれ? 何だこれ?」
指先に触れたほんの一部の厚みは、まるで何か裏に貼り付けたかのような手触り。装丁から帯を外して裏側を覗き見ると、当初の予想通り小さく折り畳まれたメモ用紙が几帳面に四つ端をマスキングテープで貼り付けられていた。
物語に没頭するあまり現時点で収集し得た情報は、【この世界が
しかし、今偶然獲得したこの小さな紙切れにはきっと何か重大なヒントが隠されているはずだ。
誰が残したとも知れない、謎のメッセージ。果たしてその中には一体何と記されているのか。帯紙を傷付けないよう慎重に剥がそうとする最中、胸の内はメモ用紙の中に書かれた内容に対する好奇心で満ち満ちていた。
あと少し、あと少しで答えに近付ける――。
「なあ、お前一体誰だ?」
「――っ!?」
その時頭上から降って来た全く聞き覚えのない男の声。その声音はどこか不機嫌さを孕んでおり、更にはピンと張り詰めたような緊張感すら漂わせていた。
一方出し抜けに声を掛けられた驚きで手元を滑らせた僕は、丁度ビリッという嫌な音に「ひっ」と言う短い悲鳴を零した後、「あ」と眉を
既に驚きと焦りの連発で手元が狂いまくっていたせいで、最早帯紙はボロボロだ。それを握り締め、身を縮ませながら
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