第32話 【4.おうちにて】

「ねぇ……、まだぁ?」

「ん……、あと、もう少し。……もう少しなんだ。ん……ああ……出来た」


 そんな声を漏らし、拓斗がようやく伸ばしていた腕の力を抜いた。


 途端に室内が明るく照らされる。拓斗は、私が押さえる脚立を慎重に降りると、ホッと息を吐いた。


「お前さぁ、照明くらい業者の人に替えて貰えよ」

「嫌よ。知らない人を家に入れるなんて。絶対SNSで何か言われるわ」

「だったら、自分で替えようとか思わないわけ?」

「私に、そんな高いところに登れっていうの?」


 手を洗いながら、呆れたようにこちらへ不満をぶつけてくる拓斗に、私は、さらに倍の不満顔を見せる。


「業者は、いや。自分でもできない。それなら、そんなもの買うなっていう話だよ」

「いいじゃない。拓斗がいるんだから」


 私の言葉に、拓斗は露骨に嫌そうな表情を見せた。


「俺は、お前専属の便利屋じゃないんだぞ」

「分かってるわよ。礼美専属だって言うんでしょ」

「それは、そうだが……。あいつは、自分のことは大概自分でやるから、お前ほどに手はかからない」

「私のどこが、手がかかるのよ?」

「人の都合も考えず、突然呼びつける、そういうところだよ。少しは俺のことも考えろよ」

「それは、拓斗が好きで来てるんでしょ。嫌なら来なきゃいいのよ」


 私は、フンっと鼻を鳴らし、呆れ顔の拓斗から顔を逸らす。幼馴染である拓斗と礼美は、何かにつけて私に口うるさく文句を言ってくる。最近の二人の口癖は、「もう少し考えろ」である。


 私だって考えなしに生きているわけではない。むしろ、日々悶々とした憂鬱を抱え、それでも、前に進めるよう考えて行動しているというのに、拓斗と礼美は、すぐに口を酸っぱくする。最近では、担当マネージャーの佐藤が、2人に愚痴を零しているのか、「佐藤さんの気持ちも考えてやれ」と言われる。


 佐藤がなんだというのだ。童顔のせいで、私と対して年齢の変わらなさそうに見える佐藤だが、実は、私よりも10歳も年上。れっきとした大人なのだ。言いたいことがあるなら、ビシリと自分の口で言うべきではないのか。


「お前さぁ、そうやって、佐藤さんにも、いつも突っかかってるんだろ?」

「そんなことないわよ」

「いーや。嘘だね。この前も、佐藤さん、お前のことで頭抱えてたぞ?」

「何よ、それ?」

「わがままばっかり言ってないで、もう少し大人になれってこと」

「大きなお世話よ」

「じゃないとお前、紺野桜という立場を失うことになるぞ」

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