第30話 【2.握手会にて】

 オヤジカメラマンの気持ち悪い視線に耐えた次の日は、握手会。


 先日リリースした曲のプロモーションを兼ねているので、どんなに嫌でも、笑顔で1日を乗り切るしかない。笑顔の分だけ、私の将来は開けたものになるのだと信じて、私は、スタンバイをする。


 しばらくすると、イベント開始を知らせる合図が響き、それと同時に沢山の足音が近づいてきた。満面の笑みを貼り付けた人たちが、次々と私に向かって手を差し出し、声をかけていく。


「いつも応援しています」

「ありがとうございます」


「大好きです!」

「ありがとうございます」


「マジ、可愛いですね」

「ありがとうございます」


「あー、もう、死んでもいい!」

「いやいや、そんな……」


「この手は、一生洗いません!!!」

「いや、洗いましょ……」


 そんな短いやり取りを何人、何十人と繰り返す。いい加減、たくさんの人に握られ過ぎて、手が変な感覚になってきている。もう、終わりたい。


 会場袖に控えているマネージャーの佐藤にチラリと視線を送れば、直ぐに私の元へ飛んで来た。佐藤は声を顰めて、耳打ちをする。


(「どうした?」)

(「もう無理。たくさんの人に手を触られ過ぎて、手が気持ち悪い」)

(「少し休憩を挟もう」)


 しばしの休憩を挟んで、握手会が再開された。再開直前、疲れから不機嫌になりつつある私に、佐藤は、励ますように無理矢理明るい声を掛ける。


「ほらほら、もう少しだ! 頑張ってこい」

「もう少しって……あと、どのくらいなの?」

「あと4時間程……」


 私の無言の返事をもって、リスタートを切った握手会の最初の相手が最悪だった。


 私の前へとやってきた少々小太りの男性は、無言で手を差し出した。これも仕事だと割り切って手を握ると、即、嫌悪感が身体中を駆け巡る。


 手汗のびっちょりとした感触が、私の掌を侵食していく。男は、私の手が重なった瞬間、私の手をガッチリとホールドし、ニヤリと笑うと威圧的に、言葉を投げてきた。


「最近のキミの笑顔なに? 営業スマイルなのがバレバレだよ? もう少し自然に笑わないと」


 男の気色悪さに、私は素早く手を引いたが、男の手の中から逃れることができない。必死に、手を引き抜こうとしている間も、男の言葉は止まらない。


「それからさ〜、最近、お肌の調子悪いんじゃない? 潤ってないのが丸わかりだよ。もう少しお手入れに気をつけないと。あと、あの番組の受け答えなに? もう少しファンの事も考えてよ。アレじゃあ、僕、幻滅だよ」

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