第62話 侵入
SSランクダンジョン。
勾配のきつい峻厳な山々を舞台としたフィールドであり、常に頭上から襲い来る飛行型の亜竜種――飛竜への対処の求められる難関ダンジョンだ。
そこに、飛竜ではない異形の影が三つ――
「かかかか。弱い弱い。結界の効果で弱体化してこれでは話にならんな」
一つは首のない、人間の上半身だけの様な姿で宙に浮く化け物。
その腹部には巨大な口が張り付いていた。
「この世界の戦士共は大した事がない」
もう一つは巨大な象。
但しその鼻は通常の象とは違い、9本に分かれ、その先端には蛇の首が生えた化け物だ。
「一部の戦力で判断するのは危険だ。こいつらは末端である可能性が高い」
そして最後はカラス。
但しそのサイズは横にいる象の化け物より一回り以上大きい。
更にその嘴の中には、巨大な目玉が生えていた。
――三匹の化け物の足元には、無残に引き裂かれた数十名のプレイヤー達の躯が転がっていた。
SSダンジョンに挑む以上、その多くはSランク以上。
補助的立ち位置の者達でもAランクの高レベル、少なくとも900以上の者達で構成された集団だ。
その中にはSSランクのプレイヤーも複数人混じっていた。
だが三匹の化け物によって、彼らは成す術もなく蹂躙されてしまっている。
「ふむ、そうだな」
「余計な欲は出さず、我らはこの世界の偵察任務に徹するとしようか」
「うむ」
――彼らは異世界の
それは突然の事だった。
数か月ほど前、異界の神と戦っていた地球の神の力が突如弱まってしまう。
その原因は定かではないが、それは奇しくも顔悠が回帰した日と合致していた。
そのため、何らかの関係性がある事は疑い様がなかったが、その答えを知っているのは地球の神のみである。
問題はその影響を受け、地球を覆っていた結界の力も弱まってしまった点だ。
神の施した結界は強力で、弱体化したとはいえ、それを無視して地球に直接穴をあける様な真似は不可能だった。
だが地球そのものではなく、結界の影響が小さい、地球の外側に神によって設置された特殊な亜空間――ダンジョンなら話は変わって来る。
それに気づいた侵略者達はダンジョンへと穴を穿ち、そして侵入して来たのだ。
異世界からの侵略に備える。
その目的のため神が生み出した訓練用の空間が、侵略者の侵入口になろうとは本当に皮肉な話である。
とは言えその穴もごく小さなもので、また繋げる事の出来る時間も極わずかだった。
そのため今回は三体のみ。
それも神の結界の影響を受けてなお活動が可能であり、更に隠密活動を得意とする者達のみがダンジョンに開けた穴を通じ、地球に繋がるダンジョンへとやって来たのだ。
斥候として。
「では行こうか」
「うむ」
侵略者達は出口——地球へと繋がるゲートへと向かって動き出す。
その道中大量の飛竜に襲われるが、彼らにとってそれは何ら障害足りえないものだ。
上半身だけの魔物の合唱から生み出される衝撃波が。
象の鼻の蛇から吐き出される毒霧が。
カラスの口内にある目玉から発される光線が。
Sランクのプレイヤーにとってすら脅威となる飛竜を瞬く間に殲滅してしまう。
「さて、このままでは目立つ。先程殲滅したこの世界の戦士に扮するとしようか」
「うむ」
ゲートに辿り着いた三体は、その姿を異形から人の姿へと変貌させる。
今の彼ら三体を見て、その実態が化け物と疑う者はないだろう。
一部鑑定の能力や、鋭い感知能力を持つ者でなければ。
人の姿となった彼らはゲートをくぐり、そして地球への侵入を果たした。
「く……これは思ったより……」
「良くて半減と言った所か……」
「ダンジョン内部とは比べ物にならんな」
ダンジョンの玄関口となるロビーへと降り立った三人は、途端に顔を顰める。
神の結界の影響が強くなったためだ。
ダンジョン内部と地球とではその影響力は全く違う。
そのため彼らはその力を大きく封じられてしまっていた。
「忌々しい事だ」
「しかり」
「ん?これは……」
象の化け物が化けた赤毛の女性が鼻を引くつかせ、そして顔を険しくする。
「不味いぞ!今すぐ力を隠せ!完璧にだ!」
そして自らの魔力の波動を完璧に消すと同時に、他の二体に力を隠せと叫んだ。
「一体どうしたと言うのだ?力の隠蔽ならちゃんとしておるぞ?」
「いいから力を完璧に隠せ!」
「むう……承知した」
それに従い、残り二体も自ら発せられる微かな魔力すらも完璧に消して隠した。
「それで……何故そこまで慎重に力を隠す必要があったのだ?」
「……この世界に漂う魔力の中に、知った匂いが混ざっていたからだ」
「知った匂い?この世界へ初めて来たのにか?」
「ああそうだ。これはアングラウスの魔力の匂いだ。間違いない。この匂いは決して忘れる事の出来ないものだからな」
アングラウス。
その名を耳にした途端、残りの二匹の顔が歪む。
「それは無かろう?奴はあの鼻持ちならぬバオグラウスが始末したはずだ。だからこそ奴は我らと
「それは分かっている。だが間違いなくこの魔力は奴の物だ」
「では一体なぜ?」
死んだと思っていた相手のありえない健在に、三体の動揺は大きい。
「確か……バオグラウス殿はアングラウスを世界の外――虚空へと吹き飛ばしたのだったな。ならば……」
「馬鹿な、虚空に放り出されて生き延びるなど。ましてや、別の世界に辿り着く可能性など限りなく0に近い。それこそ奇跡でもおきん限りは……」
世界の外。
そこは水も空気も、光さえない極寒の虚無。
そこに放り出された物は、神でも無ければ死を約束されたも同然の環境である。
その中で生き残り、ましてやどこにあるかも不明な別の世界に辿り着くなど、それこそ奇跡に奇跡でも重ねない限りありえない事態と言えるだろう。
「……それが起きた。もしくは執念で起こしたか。どちらにせよ、気を付けねばならん。我ら三体では、結界の影響がなくとも
「仕方あるまい。可能な限り、力の使用は控えようぞ」
「過去の亡霊に邪魔されるか。忌々しい話だ」
指針が纏まった三体は、無人のロビーを後にする。
出入り口を封鎖している協会の人間も、入る事に制限を掛けてはいても、出ていく者には干渉しない。
そのため彼らは揉め事を起こす事無く、すんなりと外の世界へと解き放たれてしまう。
「かかか。しかしあのアングラウスが生きておろうとはな……」
三体は外に出てすぐ別行動を始める。
万一アングラウスと遭遇した際、纏めて一網打尽を避けるためだ。
「この報告を持ち帰った時、バオグラウスがどのような反応を見せるのか楽しみだ。あの鉄面皮も……裏切り殺した姉が生きていたと知れば、さぞ愉快な顔をするであろうな」
元は上半身だけだった化け物は夜空を眺め、そう楽し気に独り言をつぶやいた。
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