第38話 マヨラー

「では改めまして、私は十文字昴と言います」


緊張が抜けきっていないため十文字の表情は硬いが、まあ直ぐ慣れるだろう。

俺みたいに。

たぶん。


まあ長い付き合いをする訳じゃないので、仮に慣れなくてもそれ程問題ないしな。


「改めて、俺は顔悠。そしてこの足元の猫っぽいのがアングラウスだ」


「そう緊張しなくていい。我は雑魚に興味はないからな。そちらから攻撃を仕掛けて来ない限り手出ししないから安心しろ」


世界ランク2位を雑魚呼ばわり。

普通なら何言ってんだこいつはってなる所だが、レベル一万の魔竜だからこそ許される傲慢な言葉だ。


「わ、わかりました」


「気軽にアンちゃんと呼んでくれて構わないぞ」


「そ、それはちょっと……」


存外フランクなアングラウスの対応に十文字はたじたじである。

自分をあっさり殺せるであろう化け物に、愛称で呼べと言われてもまあ困るわな。


『匂う!匂うぞ!』


その時、急にぴよ丸が俺の中で騒ぎだした。


『間違いない!ワシのゴーストが囁いておる!!』


何をいってるんだこいつは?


「とう!ファイヤーバード!!」


「えっ!?なに!?ヒヨコ!?」


とか思ってたらぴよ丸が俺の体から急に飛び出し――


「きゃっ、くすぐったい」


飛びながら嘴で十文字をツツキ出した。

俺は慌ててぴよ丸を掴んで止める。


「おい、何してんだ」


「こ奴マヨネーズを持っておる!ワシには匂いで分る!マヨネーズを寄越せぇ!!」


呆れて開いた口が塞がらないとはこの事だ。

マヨネーズの匂いで急に襲い掛かるとか、ムーブが完全に薬物中毒者である。


「貴方、マヨネーズが欲しいの?」


「わが生涯はマヨネーズと共に!アイラブマヨネーズ!」


嫌な生涯である。

まあ本人が幸せなら何も言う事はないが。


「ふふ、じゃあ――」


十文字が腰に付けているポーチを開けて、そこから小型のマヨネーズのチューブを取り出す。

どうやらぴよ丸の禁断症状による勘違いではなかった様だ。


てか、なんでそんな物を持ってるんだ?


「私、実はマヨラーなんで。だからいつも持ち歩いてるんです」


俺の表情から考えている事を察したのか、十文字は自分がマヨネーズ愛好家であると説明してくれる。

いつも持ち歩くとか、完全に依存症としか思えない。


「くれ!マヨくれ!!」


そしてこいつは末期。

間違いない。


「この子にマヨネーズをあげちゃっても大丈夫ですか」


「悪いけど頼むよ」


こうギャーギャー騒がれたのでは話を進められん。

取り敢えず喰えば大人しくなるだろうし、十文字の好意に預かるとする。


「んまんまんまんま」


十文字がチューブの先端を近付けると、ぴよ丸がその先端に吸い付く。


「おお、いい食べっぷり。この子の名前は何て言うんですか?」


「こいつはぴよ丸。ひよっこぽい謎の生物だと思ってくれ」


「ぴよ丸ちゃんかぁ。可愛いですね」


「ああ、うん、まあそうだな……」


可愛いかと聞かれると……


いやまあ、見た目だけは確かに可愛らしくはあるんだが。

如何せんマヨネーズジャンキーが過ぎる上に脳天パーなので、ぴよ丸をそういう風に捉える事が出来ない。


「ゲェップ。良いお点前じゃったわい」


「いえいえ、おそまつさまでした」


何のやり取りだよ。

いったい。

まあ取りあえず、ぴよ丸のアホのお陰で十文字の緊張は解けた様なので良しとしよう。


「ワシは寝る!ミラクルドッキング!!」


マヨネーズを喰うだけ喰ったら、ぴよ丸はさっさと融合で俺の体内に入って来て――


『ぐぅー、すぴぃー』


秒で眠りに落ちた。

その恐ろしく自由で軽いフットワークには、ある意味尊敬の念を抱かなくもない。

まあ絶対こうはなりたくはないけど。


「ふふふ。面白い子ですね、ぴよ丸ちゃん」


十文字が屈託なく笑う。


「性格面に難はあるけど、ああ見えて結構役にたつやつなんだ」


「そうなんですね」


「ああ。まあそんな事より……」


ぴよ丸のせいで訳の分からない空気になってしまったが、本題に戻るとしよう。

彼女の寿命をなんとかするという本題に。

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