第3話 「あったか晩ご飯」
大抵のことはなんとかこなしてみせるから、と言われて青年カイはウロの家に居候することとなりました。
そんな彼にウロは不信感を抱いています。ウロの言うよそ者……売人達のせいで悲惨な過去にあったからです。
「じゃあ食料調達してくるから! もし帰ってこなかったら野垂れ死んだとでも思っといて」
「そのまま二度と帰ってくるなよ」
うんうん、とウロはうなずいて、これにはルーの意見にも賛成です。
「酷っ!? あの、街の市場に行ってくるんで! あ! さっきみたいな主様の笑顔がみたいなーなんて」
「さっさと行け!」
ルーが無理くり木製のドアを閉めてしまいました。カイの泣き声が聞こえましたが、見え見えの嘘と分かっているので二人は放置することにしました。
「はぁ……。なんなんだ、あの人間は。謎が多すぎる! まともな素性も知りえないし嘘くさい。旅人というのも嘘なんじゃないか?」
「でも、何かしらの理由でこの森に来たのは事実。まだ油断は出来ない。信頼させてから、おれ達を売るっていうのも考えられる」
「確かにな。常に気を引き締めないと。それに、あの人間はオレ達『森の民』や動物を操る笛があるんだ。笛を吹かれる前に殴るとか、アイツが帰ってくるまで対策を練るか」
「うん。そう、しよう」
結果、笛を吹かれる前に殴る。気絶させる。説得する。対話の余地が無ければ実力行使など。ほとんどが暴力を占めたところで、さっきまでは白いワイシャツ姿だったカイが市場で買ってきたであろう上着を羽織って帰ってきました。
「ただいまー、主様とその後見人くん。寒いから上着買ってきちゃいましたよ。あと今晩のメインの鹿肉とー、パンとー、じゃがいもにウインナーだろ? それとにんじん」
矢継ぎ早に話すカイに対して、ウロとルーは口を閉ざします。
「えっ、何か言ってくれない!? それとも俺には『おかえり』の資格も無いと!?」
「その通り。おまえ、よそ者。簡単に、心なんて開くものか」
「ていうか後見人ってオレのことかよ。まぁ確かにその通りだけどよ」
「良いネーミングセンスしてるだろ? さてさて、俺はご飯作るんでキッチンお借りしますよーっと」
カイが上着を脱いで腕まくりをしたところで、ウロは一言添えることにしました。
「よそ者は気に食わないけど、その上着、綺麗」
「あぁ、これ? 市場で買ったんだよ。フード付きポンチョってやつ。色は目に良さそうな緑にした」
「よそ者にしては、似合ってるじゃん」
なんでもないコメントだったはずなのに、カイの目はたちまち星のように光り輝きます。
「え、え、何?」
「ありがとう主様〜〜! 俺、そんなこと言われたの初めてかも!」
「よそ者、うざっ、ひっつくな……! あんまり近づくと、狼になってやる……!」
「そう言う主様も可愛い……愛らしい……。うふふへへ」
「コイツ気持ち悪いぞ……」
「おれも、そう思う……」
◇◇◇
時間にして約三十分が経った頃、待望の晩ご飯が出来上がりました。献立は鹿肉のステーキ、にんじんとじゃがいも、ウインナーが入ったポトフ。そして何の変哲も無い焼いた丸パンです。
「さぁどうぞ召し上がれ……って、何その不信そうな顔。ま、よそ者の人間が作った料理なんてそう簡単に口へ運ぶ訳が」
いただきますも言わず、ウロはスープを零しながら両手でお皿を持ってポトフを飲み干します。瞬きする間もない、一瞬の出来事でした。
「ウロ!?」
「ん、美味しい。もっと」
「うん、うん! これは餌付け成功ってことでいいんだよね!? ひゃっほう! あ、まだおかわりはいっぱいあるから! 主様が俺のポトフ気に入ってくれてマジで嬉しいです……」
カイはすんすんと泣き始めます。最初は高圧的な一面を持つ青年だと思いましたが、陽気で表情豊かな人間だと思うとウロは少しだけ安心出来ました。
「お肉も、美味しい。鹿肉……ジビエ……」
呟きながら、ウロは口の中いっぱいに食べ進めていきます。一番最初にディナーを食べ終えたのはもちろん彼です。
「よそ者にしては、なかなかやるじゃん。でも、まだ信用したわけじゃない。油断したところで、おれ達を売りさばくんだ」
「そんなことは誓ってしない。言ったろ? 俺はただの旅人。きっかけとしてはちょっと嫌気が差して、家から出ていっただけだから。
それで追われる身になったけど、案外楽しかったりしちゃって。だから俺のことは気にしないで。死んだら死んだで、君は何も悲しむことは無いだろ?」
「確かに、そうだけど」
「だけど?」
「まだおまえのポトフは、食べていたい」
思いもよらない言葉に、カイが本気で泣きそうになったのは秘密です。
そうして、穏やかな笑みでカイはウロに微笑むのです。
「それは……嬉しいなぁ」
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