森の夜明け、黎明の君。

吐 シロエ

第1話 「よそ者」

 深い森の奥、降り積もる雪の最中。白髪に灰色の瞳をした少年――ウロは、灰色のコートと白いマフラーを着て自らの習慣である見回りをしていました。森の主の一族と言える『森の民』として。


「血の匂い……なぜ?」


 気がつけば嗅ぎ慣れた血の匂いがありました。その方向をたどっていくと、そこには腹や腕に血を流している青年が倒れています。麗しい髪は黒で、開かれた瞳は青。ウロの目から見ても、顔立ちはとても綺麗です。


「よそ者。おまえ、だれだ」


 口を開けば、荒い呼吸をしながら青年は答えます。


「そういう、ことは、自分から名乗るべきだよ……。は、ぁ、俺はっ、カイ」


「おれ、ウロ。おまえ、よそ者。帰れ」


「帰りたいところだけどさぁっ、この傷見てよ。……君、分かる? 治そうとはっ、はぁ、思わないの?」


「じゃあ。傷、治したら、おまえ帰れ。おれ、『森の民』。よそ者、入らせない」


「……分かったよ。しかもっ、『森の民』ときた。ははっ、こんな偶然っ、あるんだなぁ!」


 青年ことカイは腹の底から笑い、それをウロは真顔で見つめます。


「グルルル……」


 その時、獣の唸り声がしました。大型の狼がこちらを見ています。狙うは傷を負った青年、カイ。


「……ルー?」


 その呟きは誰にも聞こえず、溶けてなくなりました。

 獣はカイめがけて地を蹴ります。


 正直、嫌な予感がしてたまりません。男が首から提げている笛。その笛から、恐怖感がせりあげてきて。


「だめだ、ルー!」


 笛が鳴り響きました。胸が切り裂かれるような高い音。一瞬、ウロも狼も動きが鈍ってどうにかなりそうでした。


「去れ。俺の身体を傷つけるなど、断じて許されない」


「……え?」


 カイのまとう空気が変わりました。それは従う他ならない、絶対的な権力を持つ命令で。


「待って、行かないでっ、ルー!」


 ルーと呼ばれた大型の狼はカイを睨んだ後、森の奥へと去っていきました。いや、去るしかありませんでした。ウロ自身でさえ、あの笛の音を聞いてからどこかおかしい。どうしてか男の言うことを聞かないといけないような、そんな気がしたのです。


「……あの狼は君の家族か?」


「少し違う。おれと同じ、『森の民』。『森の民』は狼の血を引いている。だから、人間にも狼にもなれる。本当なら、いつもは人間の姿なのに、どうして……」


 その時、何が倒れる音がしました。カイが力尽きたのです。


「カイ、倒れた……。おれ、どうしよう。なんだか、あの笛を聞いてから、おかしい……。こいつを、守らないといけないような、気が、して……」


 これが本能だとでも言うのでしょうか。小さな身体でも大きな力を持つウロは、カイを担ぎ上げて自らの家へと向かうことにしました。

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