春の風は優しく
長岡更紗
01.売られた琴子
春は出会いと別れの季節、とはよく言ったものだ。
琴子が彼に出会ったのも……そして彼と別れたのもまた、春という季節だった──
「おじいちゃん、私を賭けの対象にするなって、あれほど言ったのに……っ」
「すまんのう。ついじゃ、つい」
卒業式が終わって家に帰るなり、琴子は祖父から衝撃的な事実を突きつけられた。すまんと言いながらも、琴子の祖父はちっとも悪びれた風もなく笑っている。
この男は琴子の祖父、
家族から禁止令が出されているのに、この祖父は目を盗んでは賭け事を続けている。そのジャンルは様々で、ポーカーからチンチロリン、果てはババ抜きでさえ金や物を賭けて楽しんでいるのだ。
そう、この祖父は、金や物がなくなると、人まで賭けてしまうろくでなしだった。
だから琴子自身、いつかはこんな日が来るのではと思っていた。この大助という男の孫に生まれて、無事でいられるはずがない、と。
覚悟のような諦めのようなものが琴子の中にはあったのだ。小学校を卒業したばかりという年齢にも関わらず、あっさりと大助の言動を受け入れられたのもそのためであると言える。
「で、私はどうすればいいの?」
「簡単じゃあ。十八歳になったら結婚してくれりゃあええ」
「……結婚、か」
結婚と聞いてホッとしてしまう琴子も琴子である。
しかし海外に売り飛ばされて違法なことをして働かされるかもしれない……と考えていた琴子にとって、結婚というのは比較的マシな部類だったのだ。
しかも十六歳ではなく、十八歳。まだ六年も先の話である。その間にどうにかお金で解決できるかもしれないという、かすかな希望もあった。
「で、どこの誰と結婚すればいいの?」
「よくぞ聞いてくれた! すめらぎ商事の会長で
「すめらぎ商事!?」
「すごいじゃろ? だからワシはわざと負け──ごふごふ。ま、まぁ悪い話じゃあるまい。将来有望株の男との結婚を取り付けたんじゃぞ!」
すめらぎ商事というと、この辺では知らぬ者のいない大きな会社だ。年商なんて何十億と叩き出しているらしいし、将来その孫が会社を継ぐとなれば、玉の輿は間違いない。
道理で大助がヘラヘラと笑っているわけである。琴子のためになるとでも思っているのだろうか。
まぁ、変なところに嫁がされるよりよっぽどいっか。
最低最悪の想像を繰り返していた琴子には、度胸というものが備わっていた。最低最悪どころか条件は十二分に良いのだから。
しかしこんな賭け事好きの男の孫を、普通嫁に欲しがるだろうか。それこそすめらぎ商事の会長の孫ともあれば、優秀な嫁候補が山ほどいると思うのだが。
そこに思考が至ると、少しだけホッとした。その孫とやらに好きな人ができたり、琴子より優秀な人の方が会社のためになると判断されれば、自分などすぐにお役御免となるだろうと思って。
もしそうなってくれれば自由の身だ。それまで、ほんの少しだけの我慢である。
そう結論付けた琴子は、皇一暉に嫁ぐことを、一旦了承したのだった。
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