や。

マクスウェルの仔猫

や。


 ねえ。

 寒い、ね。


 心が。

 身体が。

 

 凍えていく。


 震えているのは、寒いから、だけじゃないよ。

 

 だって今、暖房をいれて。

 二人で過ごした、あの部屋の中にいるんだから。


 あんなに。

 あんなに。

 あんなに。


 二人の気持ちがあんなに温かかった、この部屋が。

 こんなに寒々しい所だったなんて。


 知らなかった。



 今、去年の年末に彼方カナタが書いてくれた年賀状、見てる。


 たった三週間前に。

 彼方が私に、書いてくれた年賀状。


 同じ部屋に、住んでたのに。

 一年たっても二年たっても、何年たっても送ってきて。

 嬉しい嬉しい、アート溢れる年賀状。


 すごく気合を入れたって言ってた、今年のイラストは。

 片耳同士が優しく絡み合った、白と黒のうさぎさん。


 今年こそはって、彼方も言ってくれてたもんね。



 ね。


 ごめんなさい。

 許して下さい。


 許して、ください。

 悪いところ、直します。


 彼方は優しいから、何も言わなかったけど。

 私、自分のダメな所、わかるよ。



 もっと笑顔でお仕事するように、気をつけます。


 会社が近づいて、繋ぐ手が離れていってもふくれません。


 彼方が取引先の女性のお話をしても、二回に一回は焼きもち、我慢します。


 コンタクトレンズが苦手だからって、眼科の前で彼方にしがみつきません。

 

 近くのスーパーで彼方が見えたからって、どーん!って体当たり、やめます。


『もー』って頬を突っつかれて、吹けない口笛を鳴らす真似は、もうしません。


 


 食べれないニンジンを、『あーん』って彼方に食べさせようとしないから。


 お酒を飲んで甘えたくなっても、人前ではキス魔になったりしないから。


 いっぱいいっぱい、心と体がびっくりするくらいに愛して、って言わないから。


 私の事、どれくらい好きですか!って困らせないから。


 会社でも恋人繋ぎしたいって言わないから。


 早く結婚して、早く彼方の赤ちゃんがほしいなって、言わないから。





 もう、逢えないの?


 本当に、神様のところに行っちゃったの?


 また子供を助けたその足で今度は、私のもとへは帰って来れないんですか?


 置いてけぼりですか?


 彼方をこんなに大好きな私を一人にしちゃうんですか?


 香南かなん、泣いてるの。


 泣いてるの。


 泣いてる、よ?


 もう、よしよしって、してくれないの?





 マンションのエントランス。


 コンビニの前!


 メトロの改札?!





 電車の中。


 会社の駅!


 彼方のデスク?!





 どこに、いますか。


 どこですか。


 かなたさんは、そこですか?


 

 


 かみさま。


 かみ、さま。


 おねがいしても、いいですか?




 

 かなたを、わたしに、もどして。


 わたしを、かなたに、かえして。


 それいがい。

 なにも、なにも、いらないから。




 かなた。


 かなた。


 どこですか?




 かなん、ここだよ。


 かなん、だよ。


 かなたの、かなんは、ここにしか、いないよ?




 かわいそうだなって。


 しょうがないなって。


 なに、こいつって。


 もしおもったら、ここにきて?




 ここに、きて?
























































「おーい……香南さん。アイアンフラワー鋼鉄の花、香南さーん。僕は敵じゃなくって、彼方ですよー。ベアーハッグとハグは似ているようで別物ですよー。香南さん、涙を拭きましょう。よしよし」


「や。」


「何故に?!うぐぐ……力が増した。怖い夢見たのかな?よしよし」


「や。ゼッタイ、や。置いてっちゃ、ヤダ!!」


「な、何を?……僕はどこにも行かな」


「やぁだーっ!!」


「ぎょぎょー?!く、苦しいよ?!」


「どっかいっちゃやだ!……そんで、もれちゃう!」


「……はい?ええ?サラリと宣言?!おトイレ行こ?」


「ひとりじゃ、や!あと、のど乾いた!」


「あ、お水あるよ?トイレ早く行っトイレ?」


「や。口移しがいい。あと、激つまんない。もれちゃう!もーれーるー!あふ」


「あふって、待ってー!そしてダメージ特大の来た?!」


「あああっ」


「待って!いやほんと、あと20秒とちょいと待ってー?!何とかしますからあ!」


 香南さんを、ベッドからお姫様抱っこで抱えあげる。

 首筋に抱きついて、頬同士をぺたり、と合わせてくる。

 今日も、可愛いがすぎる。

 





 会社では凛々しい上司、おうちでは、愛しいお姫様。


 僕の方こそ、離れたくありません。

 そばにいさせてくださいね。

 

 ずっとずっと。

 愛する貴方と。




 


「……ちょびっと出た」


「何ですとぉ?!ついでにお風呂だね」


「よきにはからえ」


「上から目線?!あ!わかったからウルウルしないで下さい!ドキドキしますから!」


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