魔王軍参謀の逃非行 ~魔王の股間をタコ殴りしていたら大変なことになったので逃げる~
かにかに
第一章 魔王軍退職編
プロローグ 警備兵長フェンリルの困惑
―――魔王城:最上階へ続く階段
「魔王様! 魔王様ァ!!!」
私は魔王城の警備兵長を務めるフェンリルである。
狼魔人である私は天性の嗅覚を買われ、城内の夜間見回りを担当している。
魔王様に仇なす侵入者へ警戒し、魔王様の安眠をお守りすることが心命である。
この業務に就いてからこれまで一度も侵入者が現れないのは、魔王様の御威光によるものであることは重々承知しているが、賊共がこの嗅覚を警戒してのことだという自負もあった。
しかし、満月が優しい光をもたらす今夜、城外警備を担当する部下が影一つ見逃さないであろう今夜に限って、魔王様の寝室を発信源とする大きな衝撃が城を揺らした。
魔王城史上最大の緊張が身体を強張らせる中、最上階の魔王様の元へ一秒でも早く辿り着くよう、全速力で駆け上がった。
そしてまともに呼吸も整えられぬまま、普段欠かさないノックもせずに魔王様の寝室の扉を開いたのだ。
「ぐっ………ッ!」
ドアを開けるや否や、視界が歪むほどの激臭。
それは瞬く間に強烈な刺激となり、鼻腔を破壊する。
「ぐああああああ!!!!」
まるで鼻に直接火炎魔法を打ち込まれたような、猛毒の塗られたナイフを突き刺されたような。
これまで経験したこともないような激痛が、自慢の鼻を襲う。
悶絶した私はその場に倒れこみ、少しでも痛みを散らそうとのたうち回る。
「ああああああああ!!!! があああああああ!!!!」
自慢の鼻はしばらく使い物にならないであろうことは、壮絶な痛みに耐える中でも理解出来た。
同種の中でも屈指の嗅覚を持つことが完全に仇となってしまったようだ。
しかし、緊急時たる今は主の安否こそ再優先。
あまりの痛みに目を開けることすら出来ない状況でさえ、悶える以外にやることがある。
「ま゛、ま゛お゛うざば! いらっじゃびばずが!? ま゛お゛うざまァ゛!」
倒れこみ、大粒の涙を流しながらも、声を張り上げる。
胸の奥の不安が次第に大きくなるのを感じながら、それが杞憂であることを祈って。
――が、返事がない。
同じ言葉を繰り返し叫び、何かしらの反応を渇望するが、部屋は静まり返ったまま、胸中だけがどんどん騒がしくなる。
一刻も早く、状況を確認しなければ。
痛みをぐっと堪え、ドア枠を支えに立ち上がる。
痛みに耐える為に力いっぱい閉じていた瞼をゆっくりと和らげる。
初めは痛みと涙でふやけた視界だったものの、徐々に寝室の状態を捉えはじめる。
「―――な゛ッ!?」
私は言葉を失った。
これはなんだ。どうゆうことだ。
私は混沌とした部屋がもたらす情報に目が回る感覚を覚え、痛みすら当の彼方へ消えていく。
落ち着けフェンリル。
私が何故警備兵長を任されているのか忘れたか。
鼻がダメなら考えろ。
とにかく眼前の異常を整理するのだ。
なんらかの問題が起きたであろう魔王様の寝室には、見える限り四つの異常がある。
まず一つ目。魔王様がご不在である。
奔放で自由な気質をお持ちだった魔王様は、突如として数日ご不在になられることはあったが、夜間に出掛けることなど一度もなかった。
二つ目。寝室に入って左側の壁が破壊されている。
壁面には魔王様が高名な戦士との戦で勝ち取った武具が並べられ、入室する度に目を奪われてしまったものだが、今や見る影もなく、魔王様のような大きな魔人でも悠々通れるような大穴が夜の空気を取り込んでいた。
賊が侵入の為に開けた穴? 戦闘の痕? 魔王様が脱出なさった?
城の中でも一際堅牢に作られ、かつ参謀殿の魔法障壁が張られたこの寝室の壁に、どうやってこのような大穴を?
いずれにしろ今ハッキリしていることは、常人ならざる力が行使された、ということのみだ。
ここまでならまだ、いくつか推論が立てられた。
魔王様が敵襲を受け、戦闘の際に壁を破壊。撃退し、その後を追った。
もしくはこの激臭から逃れる為、咄嗟に壁を破壊して外に出た………など。
しかし、ここからがおかしい。
三つ目。
寝室の中心に横たわる、服を着ていない金髪の少女。
かろうじて胸部が上下しているのが分かる。生きてはいるようだ。
頭部の二本の角、しかしそれ以外は人の特徴であることから、亜人であると推測出来る。
が、誰だ? 魔王城に出入りしている者は全て把握しているはずだが、見たことがない。
おそらく部外者―――此度の事件に関わりがあるとみて間違いないだろう。
そして、四つ目。この部屋最大の異常。
魔王軍参謀:ブレイン様―――魔国領統一戦争の時代から魔王様の腹心として活躍し、現在も参謀兼宰相として魔国領を支える辣腕。
正真正銘の魔王軍No2にして、その実は歳を取らない黒い髪の人間。
が、薄ら笑いでこちらをじっと見つめながら、お尻を丸出しにして―――
―――脱糞していた。
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