第12話 デートプランと風紀委員
「ぷはーっ!」
「……」
エスプレッソと呼ばれるコーヒーをゆっくりと飲み干していくローズ。楽しみ方が分からず一口で飲み切ってしまった俺はそんな彼女の様子をじっと眺めて待っていた。
全てを飲み切り、上にのっかっていたホイップクリームを口に付けたまま彼女は笑う。
「美味しいですね」
「そうだね。ローズも家にいた頃はこういうの飲んでたの? 俺はこんな豪勢な飲み物飲んだことがなくてさ」
「えーっ! そうなんですか。ってことはこの間お出ししてもらったお茶とかも?」
「うん。嗜好品を買うお金なんて無かったし、興味も無かったからね」
「そうなんですか……でも安心してくださいよ! 私が色んな所に連れて行きますからね」
「……ありがとう」
今俺はカップルの会話をシミュレーションするつもりで会話を進めているが、ちゃんと出来ているだろうか。
いつもローズはニコニコしていて本当に楽しんでいるのか分からない。ただ、疑いすぎるのも身体に悪いし素直に受け止めよう。
「そろそろ行く?」
「あ、もう一時になりそうですね! 混んできたし行きましょうか!」
俺達は席から立ち上がり、会計に向かう。財布からお金を出そうとするローズを制止し、自分のポケットから以前ギルバート君から貰ったお金の一部を出して払った。
「い、いいんですか?」
「……こんなにお金あっても俺じゃ使い切れないもん。こんな時くらいしか使うタイミングがないし、ローズもそんなにお金無いでしょ?」
「そうですけど……」
「じゃあ払うね」
戸惑うローズを横目に料金を支払い、彼女を連れてそのまま外に出て瓶探しを再開する。
「……で、そろそろ瓶を探さないとまずそうだ」
「えっと、すっかり失念してました……」
制限時間も後一時間と少し。マゼル先生が見せた瓶の正体の手がかりは未だに一つも分かっていない。
中身が赤色の瓶だなんてあまりにも抽象的過ぎて街の人に聞きまわっても情報なんて集まるか不安だし…ろやっぱり他のクラスメイトに聞くのが確実だろう。
「ねえローズ。今の自由行動で他のクラスメイトが行きそうな場所って思い当たりとかある?」
「え? ある、というかさっき店内に一人居ましたよ?」
「嘘!?」
あまりに都合が良すぎて思わず驚きが口に出てしまう。俺はローズの手を握って一度出たカフェにまた戻り直す。
「何処にいた?」
「えーと……あ! あそこにいます!」
ローズが指を差した先にいたのは、例のあの人だった。彼女を見た瞬間、俺は震え上がった。
「ナイラ……さんだ」
「ナイラさんですね」
まるで優雅な休日を過ごしているように堂々とした態度で、ナイラさんはよく分からない形をしたコーヒーを召していた。
アレから俺はナイラさんと一度も話せておらず、向こうからも距離を取られ続けているから正直話しかけるのも緊張する。
それでも彼女はクラスの風紀委員、品行方正で用意周到な彼女ならきっと既に瓶のことは済ませているのに違いない。
「ふーっ……ナイラさん!」
ひと呼吸入れて俺はナイラさんに話しかける。ナイラさんは俺に気が付いて一瞬避けるような目つきをしたが、すぐに彼女も気持ちを切り替えたようだ。
「ネク・コネクター。まだあの屈辱は忘れていませんから」
「屈辱って、本当はそっちから言ってきたんだけど……じゃなくて! ナイラさんはもう瓶は貰ってきたの? 良ければ俺達にもどこで取れるか教えてほしいんだ」
俺はその場で頭を下げる。ここまでやってもナイラさんは許してくれるか怪しいけど。
「……それはこれのこと?」
サラサラと瓶を揺らす音が聞こえ、顔を上げてそれを見つめる。
やっぱりあの時みた瓶と一緒だ。俺はナイラさんが持っている瓶に顔を近付けた。
「そう! で、どこでこれは手に入るの?」
「今はローズ・ベルセリアと二人で行動しているのね。だったら教えてもいいわ。あなた一人だけじゃ何をされるか不安でしょうがないからね」
「ど、どうしてネクさんはそこまで嫌われてるんですか……?」
「それは今聞かないで……」
しかし、ナイラさんは俺達にも瓶の場所を教えてくれるみたいだ。本当にただ俺が嫌なことを言って嫌われてしまっただけで、まだ何とかギリギリ取り返しが効く段階で済んでいる。
「私に付いてきなさい」
「あれお金は?」
「ネク・コネクター。取引には報酬が必要よね?」
「……払います」
俺はナイラさんが飲んだコーヒーの分まで払って、ナイラさんの後を二人で追った。
道中で他のクラスメイトに何回か遭遇し、その度にナイラさんのマトモである性格が象徴される。
だけど、やっぱり俺の中ではあの日の異常なナイラさんの表情が脳裏に浮かび上がってきてギャップに苦しむことになってしまった。
「着いたわ。ここでこの瓶は貰えるわ」
俺達は今魔法道具が置いてある街で一番大きい店の前にいる。ローズが持っている地図と位置を照らし合わせてみると学園からもそう遠くない場所にあった。
「ナイラさんありがとうございます! あの、私達はこの瓶が何かよく分かっていなくて……教えてもらえませんか?」
「ローズ・ベルセリアの質問は答えるわ。そうね、これは瓶の中身が大切なのよ。この赤い砂がね」
「なーんか見たことあるような……」
そこでようやく俺はこれの正体が分かった。これは触媒だ。
「あなた達はどの魔法が使える? ネク・コネクター、あなたが〈魔属性〉以外の魔法を使ってる所は見たことないわ。そんなあなた達でも、これがあれば〈火属性〉の魔法が使えるようになる」
「え! そんな便利な物が……って思いましたけど、よく考えたら私の家にもたしかに置いてあったかも……」
「じゃあマゼル先生はこれを次の授業で使うつもりだったのかな」
なるほど、こういうのが普通に売ってあるのか。いや、だったら魔属性っていうのもそこまで貴重ではないのかな。
「あ! 私もネクさんと同じ魔法が使えるようになるってことですか!?」
「いいえ、触媒の中でも〈魔属性〉だけは特別。一般の市販品では合法で買うことは出来ないわ。だって危険ですもの。ネク・コネクターのように悪用されたら困りますから……」
「悪用……って」
酷い言われようだけどしっかり受け止めよう。それよりも早く俺達も触媒を貰ったほうがいいよな。時間もそんなに無いし。
「ありがとう、俺達もそれ貰ってくるよ」
「その間あなた達をここで待っておくわ。ネク・コネクター、ローズ・ベルセリア。まずヴェルヴェーヌ生だと伝えなさい。伝えなくても制服を見て気付くと思うわ」
「何から何までありがとうございます! ささっ、ナイラさんのためにも早く取りに行きましょうネクさん!」
ローズに連れられて店内に入ると、由緒ある雰囲気に魔力が込められた沢山の魔法道具が商品として売り出されていた。
一番奥にいる店主に事情を説明するとすぐに裏から目的の瓶を持ってきた。
「はい、これが目的の品だよ。お金はもう君達の先生から貰ってるからそのまま持っていってね」
「ありがとうございます!」
「……ローズ、何か欲しい物は無い?」
俺は勇気を出してローズに提案する。さっき俺が言った理論と一緒で、今後の活動で役に立つ物がありそうなら持っておくに越したことはない。
「……店主さん。面白い物とかありますか?」
「そうだねえ、それならこれとかどうだい?」
そう言うと店主さんはカウンターの下からさっきの瓶よりも一回り大きい瓶に入った灰色の飴玉を取り出した。
これもまた、俺は見たことがない。
「すみません、これって何ですか?」
「『詠唱記憶飴』だね。ちょっとした魔法をこの飴玉に向かって使うと吸収して、その魔法が一度だけ使えるようになる品物なの」
「すごーい……ネクさん、これ買ってください!」
ローズは俺の顔を見ると満面の笑みで首を傾けた。ここまで嬉しそうな顔を見たら、買いたくなっちゃうよな……!
「この飴、いくらですか?」
「七個セットで二万ルードだね。少し値打ちのある商品だけど、君達のような将来有望な子達には半額で売ってあげるよ」
「いいんですか!? じゃあそれを二個下さい」
「はい、二個で二万ルードだね。どうも!」
俺達は詠唱記憶飴をそれぞれ受け取り、店を後にする。外に出ると、「長いわ」と言いたそうにこちらを見つめるナイラさんの姿があった。
「さて、帰りましょうか。ネク・コネクター、あなたは一生その子に縛られていてちょうだい。」
「はは……」
さっきも聞いたような下りを繰り返しつつ、俺達は学園の校門まで歩いて戻った。時刻は十三時と少し、まだ全員とまでは行かないが既に数人は探し終わったようで、仕事中のマゼル先生を囲んでいるのが見える。
「……マゼル先生。俺達も見つけてきました」
「私も! 後ナイラさんもです!」
「お〜ネクとベルセリアちゃんがこんな早く来るとは思わなかったよ。これで優等生組の仲間入りか〜?」
「ふん。私が教えなかったら不可能だったのよ。今月中は私に感謝しなさい」
「ありがとう、ナイラさん」
感謝を伝えられることには弱いのか、俺が目を合わせた瞬間すぐに逸らされてしまう。耳が少し赤らんで見えた。
まあ、シンプルに俺が嫌われていることを考慮すると普通に気色悪がってるだけだろう。
「……仲良くなれそうね」
……マゼル先生が小声でそう呟いたような気がした。
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