住まない片隅

沢田隆

第1話


 この家に引っ越してきて一年後くらいに、ミニチュアダックスフントのルークを迎えた。いつか戸建てを買うことが出来たら絶対に犬と暮らすというのが、両親の新婚のころからの夢だった。


 ルークは母の知り合いのブリーダーから譲ってもらった。まだ生まれたばかりの赤ん坊だった。


 家にやってきた日、膝の上に乗せたらおしっこをされて、はいていたジャージが濡れたのをいまでも覚えている。



 それから二年経ったころに、ミニチュアシュナウザーのシェルがやってきた。


 シェルはいまではもうパチンコ屋に変わってしまった、当時はホームセンターだった店舗を入ってすぐ右側、相手を見極めてハッキリ「ババア」と言うオウムがいたペットショップで売られていた。


 ペットショップの処分対象は生後四ヵ月からと聞いたことがあったが、シェルはそのときまさに生後四ヵ月目だったから、体は成長していて結構大きくなっていた。



 私はどっちに関しても、連れて帰る場面に立ち会っていない。


 ルークは両親と姉が「ちょっと出かけてくる」と車に乗っていき、数時間後に戻ってきたときには確か母が胸に抱いていた。


 シェルは両親がいつの間にかホームセンターから連れて帰ってきていて、私が学校から帰宅すると、玄関の横にある和室にいた。


 だから二匹とも、私にとっては突然だった。



 ルークは生まれてすぐに実の親から離されて、その後は私たち人間に育てられていたから、ともすれば自分自身を人間だと思っていた、もしくは人間に近い者だと思い込んでいたかもしれない。


 でもシェルは商品として売られていた当時に他の仲間を見ていたのであれば、すでに自分自身は人間ではない別の者であるという認識を、ほんのりとでも持っていたのかもしれない。


 だからお互いに初めて顔を合わせた日、ルークは父の膝の上に乗ったままじっと動かなかった。先住としてのある種の優位を示す狙いもあったのかもしれない。


 あるいは、自分自身を犬であると自覚出来ていなかったからこそ、父と同じ目線でものを見ているという錯覚をしていたのだとすれば、それはそれで可哀想な気がしないでもなかったが。


 無論、シェルと仲良くしようという感じはそのときからなかったし、仲間として受け入れる気もなさそうだった。




 ある日、ルークが突然なにも無い一点に顔を向けたまま吠え続けていた。


 私たちは「どうしたの?」とか「静かにしなさい」と注意して、吠えるのを止めさせたのだが、それでもまたすぐに力強く野太い声で吠え始めた。



 なにか見えちゃいけないものがルークには見えているのではないか。そんな冗談を言って私たちは笑っていたが、しかし実際には違っていた。


 ルークが吠えていたその方角の家が燃えていた。路地を左に曲がってすぐのところにある家だった。


 私たちが気付いたときには、玄関の窓の向こうがオレンジ色で、二階の父の寝室の窓から改めて見たときには、家全体が眩しいくらいの炎に包まれていた。数分後、そこに消防車のランプの赤色も加わった。



 一人で住んでいた老人は無事だった。なにより、私たちは真っ先に火事に気付いたルークに驚いていた。


 ルークは無駄に敏感だったというか、無駄に勇敢だったというか、何かを見つけたり聞きつけたりしては、いつだってその方角に向かって吠えていた。





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