第11話 異母妹は積極的にからんでくる

 王妃の命を奪うはずの流行病は、どうやら王都に届く前に殲滅されたらしい。

 南の港町辺りでは多少の被害があったが、運よく滞在していた神官によって拡散は避けられたと王都に報告があった。

 それにもし母が罹患したとしても、リヴシェの寵力で癒すことができる。

 そろそろ戻っても良いかもしれない。


 8歳の誕生日を母と一緒に迎えられるなんて、とても嬉しい。

 母の死と共に始まる孤独を回避できただけでも、まず幸せに一歩近づけたと思う。


 引き続き頑張らなくては。

 リヴシェ、あなたを幸せにしてあげるからね。


 もろに推し活の言葉を自分自身にかけて、にんまりとする。

 後はラーシュとの婚約を、より強固なものにしなくては。

 それから異母妹、あれをさっさお嫁に出すことだ。

 ラスムスは何も言わないで、ノルデンフェルトに帰ったというけど。

 何が気に入らなかったのだろうか。

 ラーシュにそのあたりを聞いてみたが、なんとなく曖昧にぼかされた。


「うーん。

 ごめんね、僕は謁見やパーティに出られなかったから。

 直接見てないんだよ」


 優秀なラーシュのことだ。見てないからわからないとは、考えにくい。

 リヴシェには言いたくない事情が、何かあるのではないか。

 勘ぐりたくはないけど、そう思ってしまう。

 だとしたら、どんな事情?

 確かめるためにも、王都へ戻らなくては。


「お母さま、そろそろ帰りましょう。

 わたくしのお誕生日も、もうすぐですわ」


 母はすぐに大きく頷いた。


「寵力の発現も、そろそろ公表しなくてはなりませんからね。

 わかりました。

 すぐに帰りましょう」


 そこからはあっという間に仕度が進み、4日後には王都へ向かっていた。


 



 王都へ戻ると、すぐに神殿から使者が来た。

 神官長以下上位聖職者が、勢ぞろいしている。

 正式にリヴシェの寵力を認めると、国王へ報告に来たのだ。


 考えてみれば、これはいかにもなめた話だった。

 王妃とその生家ラチェス公爵家、それに神殿だけは知っていて、国の最上位者であるはずの国王には知らされていないのだから。

 国王の威信の、なんと軽んじられたことか。


(仕方ないわ。

 悪いけどリヴシェのお父さま、かなり残念な国王だもの)


 元男爵令嬢に入れあげて、正室である王妃とほぼ同時期に産み月を迎える子供を作るなど、正気とは思えない。

 ヴィシェフラド王国では継承権に男女の区別はないが、それでも王妃の子に万が一があった場合、愛妾の子が唯一の子となる可能性だってあった。

 リヴシェの母にしてみれば、面白いはずはない。

 母がはっきりと父への不満を口にしたことはない。

 けれど想像はできる。

 政略結婚で愛情はなかったのだとしてもだ。もし愛情があれば、なおさらだろう。

 きっと許せなかったと思う。


 だから今回、リヴシェの寵力の発現について、国王である父がハブにされたのは、いわば自業自得というものだ。

 父に知られれば、当然あのゴージャスなオバサンにも知られることになる。

 きいきい騒がれるのは、あまり嬉しくない。

 刺客を差し向けられたり、毒を盛られたりするかもしれない。それはもっとごめんだ。

 

「こたびの寵力の発現、ヴィシェフラドにとってはもちろん、この世のすべての国々にとって、この上もなくめでたきことと存じます。

 国王陛下王妃殿下には、心より寿ことほぎ申し上げます」


 神官長は起立して頭を上げたまま、祝辞を述べる。

 女神ヴィシェフラドを祭る神殿は、俗世のヒエラルキーに縛られない。神殿に仕える神官の最高位たる彼が、膝をつくのは女神ヴィシェフラドとその寵を受けた娘にだけだ。


「ああ、余も嬉しく思う。

 我が娘に、女神のご加護を賜ろうとはな」


 父がそう答え終わるのを待ちかねていたように、神官長は玉座近くに控えるリヴシェの前に跪いた。


「聖女リヴシェ様、末永すえなごうお健やかでをあらせられますように」


 女神ヴィシェフラドの寵を得た娘が現れるのは百余年ぶりのことだそうで、勢い神殿関係者の熱狂ぶりは尋常ではない。

 すぐにでも神殿でお暮しいただきたいと皆が願うが、母王妃がやんわりと拒んだ。

 王女リヴシェは幼いゆえに、一人で神殿にやるのは心配でたまらないと。

 王女リヴシェもそれを望んでいないと言われれば、神官長も従う他なかった。


 けれどリヴシェが拒んだのは、実は二コラ対策というのが本当の理由だ。

 寵力の発現の可能性が、すっかり消えたわけではない。もし発現した時、リヴシェが聖殿に所属していたら、否応なく二コラと共に暮らすことになる。

 それだけは絶対に避けたい。


 女神ヴィシェフラドに仕える神官長をはばかって、さすがの父もこの場にジェリオ親子を同席させていない。

 かの親子は、女神ヴィシェフラドの教えに背く存在だから。

 神官長に憚らなくてはならないと、残念きわまりない父ではもそういう常識は持っているらしい。

 半ば以上呆れた冷たい視線を、父に向ける。

 

 前世、短い社会人生活だったがそこで見聞きした不倫の恋を嫌悪していた記憶を思い出す。

 前世のリヴシェにだって、付き合おうと言ってくれた男性はいて、まあそれなりに経験はあった。


「ねえ、あんたたち大丈夫なの?」


 確かあれは勤務後のことだった。

 ロッカールームで着替えていると、同じ担当の先輩が声を潜めて言った。


「彼、昨日新宿の南口にいたの見たんだけど……。

 総務の女の子と一緒だったからさ」


 リヴシェの持つ記憶の中でも、嫌な部類に入るものだ。

 その後、問い詰めたらあっさり彼は白状した。

 あれ以来、リヴシェは誰かと彼氏彼女の関係になるのを避けるようになったっけ。


 だからだろうか。

 職場でひそやかに、でもどこか自慢げに話される不倫の恋というものが、だいっきらいだった。

 一生を共にしますと約束したはずの妻や夫を裏切っておきながら、さも自分は正しいように決まって言うのだ。


「だって好きになってしまったんだもの。

 仕方ないでしょう」


 それで許されると思うやつらとは、同じ空気を吸いたくなかった。

 現在のリヴシェの父は、やつらの同族だ。

 国王に側室や愛妾はいて当たり前。この世界の文化がそうであったとしても、側室や愛妾にはふさわしい扱いがあるだろう。

 正室である母の誇りを、父は傷つけてはいけないのに。

 神官長を憚るような存在であることがわかっているのなら、母の手前ももう少し気にしてほしい。

 リヴシェに流れる血の半分は父のものだから、赤の他人が愚かであるよりいっそう腹が立った。


「リヴシェ様、貴女様の寵力の大きさは、先代、先々代のお力をはるかに超えております。

 ですから今お気になさっていることは、きっと杞憂に終わりましょう」


 リヴシェにだけ聞こえるような小さな声で言うと、神官長は薄い皺のある目元を和ませて笑って見せた。


「そうだと良い。

 わたくしもそう願いますわ」


 仮に二コラに寵力の発現があっても、リヴシェの力を超えることはないだろう。それほどリヴシェの力は強いのだと、暗に示されて正直なところほっとした。

 けれど微力であったとしても、聖女は聖女だ。

 彼女が神殿の保護下におかれることになれば、接触の機会もあるはず。

 

「もし聖女がもう1人現れたとしても、わたくしには関わらせないようにしていただけますか?」


 だからはっきりと聞いた。

 聖女の認定を受けた上は、この先リヴシェには聖殿からなにがしかの要請がかかる。

 それを務める条件として、これだけは神官長の言質をとっておきたいところだ。


「かしこまりました。

 お望みのままに」


 打てる手はすべて打っておかなくては。

 リヴシェを不幸に引きずり込む可能性のある芽は、叩き潰してやる。

 最初から虐める気など毛ほどもないが、二コラに少しでも関われば、どのような策にはめられるかわからない。

 天真爛漫で無邪気らしい天使は、きっと何かしかけてくるだろう。でも悲しいことに、リヴシェには底意地の悪い考えを先読みする能力はない。

 だから最初から近づかない。

 この一択だったから。




 

 神官長の挨拶を受ける公式行事が終わり、少し気が楽になったのもつかの間。

 リヴシェが広間を出たところに、禍が待っていた。


「お姉さま」


 もう本当にめんどくさい。

 なんてめんどくさい。

 

 声をかけてはいけない。

 姉と呼んではいけないと、王妃の「お気持ち」の名の下にペリエ夫人から事実上の厳しいお叱りを受けたはずなのに。

 全く懲りていない。


 無視して通り過ぎようとしたところ、右手を掴まれた。


「待って、お姉さま。

 ねえ、わたしのお話しを聞いていただきたいの」


 この子、怖い。

 マジで怖い。

 どうしたものかと固まって、けれどなんとか表情だけは変えずに無言を守り通した自分をほめてやりたい。

 

「無礼者!」


 ペリエ夫人の扇が、したたかに二コラを打ち据えた音。

 護衛の騎士がわらわらと寄ってきて、リヴシェを抱えるようにしてその場から離そうとしたこと。

 映画のワンシーンを観ているような感覚で、リヴシェの視覚聴覚がコマ送りの映像と音声を捉えている。

 

「お姉さまにお話しがあるの。

 どうしてもお話ししなければならないことなの。

 邪魔しないで」


 それでもすがりつく二コラの声だけは、やけにダイレクトでとても恐ろしく耳に残っていた。

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