第70話 早馬
カイスの村でてんやわんやしている頃、王都では……。
シルヴァノ王子は、クリアテス国王の側で国政の勉強に精を出していた。
クリアテス国王は、息子のシルヴァノ王子が次期国王としての自覚を持ってくれた事を喜びつつも、まだ子どもらしく甘えて欲しいという感情とで複雑な思いを抱いていた。
「国王陛下、火急の報せでございます」
扉が三度叩かれたかと思うと、ほぼ同時に外からうるさいばかりの報告の声が上がった。
「どうした、騒々しい。報告ならとにかく入れ」
「はっ、失礼致します!」
部屋に入ってきたのは鎧兜を身に付けた、武器も持たぬ一般兵のようだ。だが、その表情を見る限り相当の報告があるように見える。肩で息をしている事もあって、国王は少し表情を固くした。
「して、内容は?」
単刀直入に尋ねる国王。伝令の兵士は呼吸を整え、姿勢を整え、ピシリと国王に向き合った。
「はっ、申し上げます。先日観測された魔力波動に関する報告であります」
「続けてくれ」
国王の眉がピクリと動く。
「はっ。コーラル子爵領より早馬が到着致しまして、事情の報告を受けた次第であります」
クリアテス国王とシルヴァノ王子の手が止まり、伝令の兵士に視線が向く。
「しかし、魔力波動を観測してからまだ六日だ。かなり無茶をしたものだな」
国王は椅子にもたれかかり、顎を触っている。
「早馬の者に聞きますと、未開の森の方向から、短絡的に向かったと聞いております。あちらなら傾斜の緩い地帯もありますので、飛ばせば五日程度で到着できます」
「ふむ、後で馬共々労ってやれ。……だが、今は報告を続けろ」
国王は両肘を職務机の上につく。
「はっ。魔力波動は魔物氾濫のものであり、従来ならば軍を組織して鎮圧するものでございますが、魔物氾濫はものの数十分で鎮圧されたとの事であります!」
「なんだと?!」
国王が勢いよく立ち上がる。シルヴァノ王子はよく分からないのか、反応に困っている。
「どうやら事実のようですが、鎮圧した者の名を尋ねたところ、鎮圧者の希望で答えられないとの事です」
「……そうか」
国王は残念そうに椅子に座る。
大規模な魔力氾濫をものの数十分で鎮圧するような人物など、嫌でも敵には回したくない。多大な褒美を与えてでも国に繋ぎ止めたくなるものだ。
しかし、その肝心の討伐者が分からない。
国王は少し考えて、伝令の兵士に命じる。
「早馬の使者を、今すぐここに連れて来い。来なければ罰するとでも伝えておけ」
「はっ! すぐに連れて参ります」
国王の眼光に、伝令の兵士は青ざめて、すぐに部屋を出ていった。
二、三十分は経っただろうか。国王の執務室の扉が叩かれる。
「申し訳ございません、お待たせ致しました」
「うむ、入れ」
先程の伝令の兵士の声が聞こえたので、国王は部屋へと招き入れる。入ってきた兵士の後ろには、早馬の使者が立っていた。
「お呼びでございますでしょうか、国王陛下」
脅された割には、平然としている使者。彼はコーラル子爵と共にカイスに向かった部下の一人だった。
早馬の使者を確認した国王は、目配せをして伝令の兵士にシルヴァノ王子を連れて部屋を出るように仕向ける。意図を察した兵士は、シルヴァノ王子を連れて執務室を出ていく。シルヴァノ王子は嫌がってはいたが、大の大人の力には敵わなかった。
「さて、人払いはした。魔物氾濫の詳しい話をしてもらえるかな?」
国王の眼光が鋭い。子爵の部下は、まるで蛇に睨まれた蛙のように萎縮してしまっている。
「なに、他言はせぬ。魔物氾濫の詳細と、お主がここまで無事に来れた理由を聞かせてもらおう」
国王の尋問内容が増えていた。
コーラル子爵の部下は普通の貴族だ。魔物相手にまともに戦えるとは思えない。にも関わらず、距離は短いが、魔物が出現する未開の森の経由で王都まで馬を走らせたのだ。
だからこそ、尋問内容が増えるのは仕方のない事だった。
子爵の部下は、さすがに国王に対して嘘をつけない。しかも、威圧が凄すぎて、とても秘匿にしたままにはできそうにもなかった。
子爵の部下は、おそるおそる口を開く。
「こ、国王陛下。恐れ入りますが、今回の報告内容は、是非とも内密にして頂けますと助かります。なにぶん、人物については外部に漏らさぬよう、子爵様から強く言われておりますゆえ、事情をお察し頂けますと助かります」
「それは私が判断する事だ。お前はとにかく詳細を伝えるといい」
「は、はい……」
子爵の部下から詳細を聞かされた国王。あまりの衝撃内容に、天井を見上げた。
「……なるほどな。それは公にされたくないはずだ。とりあえずコーラル子爵が戻った際には、登城するように伝えておくように」
事情を知った国王は、子爵の部下に下知する。
「ははっ」
「うむ。……下がってよいぞ」
「では、失礼致します」
子爵の部下が出ていくのを確認すると、国王は窓の方へと歩いていく。
「十歳で強力な魔法を操る娘か……。興国の伝承にもあったな」
国王は空を見上げる。
「これは吉報か凶報か。……いずれにせよ、見極める必要があるな」
そう呟いた国王は、側近を呼んで執務を押し付けると、王城の書庫へと足を向けたのだった。
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