第58話 厄災の暗龍

 チェリシアが放った光は、魔物氾濫の元となる瘴気をぐるりと取り囲んだ。周囲だけではなく、上空も地中も、どこからも魔物が漏れ出ないように完全な球体となった防御障壁だ。

 障壁に囲まれた瘴気は、お構いなしにどくんどくんと脈を打ち続けている。

 その様子を見ていたペシエラは身構えた。前回、自分がチェリシアとして体験した時は、数百どころか千体を超える魔物の集団だったからだ。

 その時の事を思い出し、ペシエラの小さな体が震える。その体を、そっとロゼリアが支える。そして、ロゼリアが微笑みかけると、ペシエラはきゅっと無言で顔を引き締めた。

 瘴気の脈打ちがどんどんと早くなっていく。その様子に何かを感じたチェリシアは、防御障壁を更にもう一周重ねがけをする。

 次の瞬間、瘴気が大きく弾け飛ぶ。

 障壁があるために周りへ吹き飛ぶ事もなく、障壁の中で瘴気が次々と魔物の姿へと変化していく。

 魔物を討伐するために、ロゼリアとペシエラが構えた。ところが、予想だにしなかった光景が目の前に現れた。

「グルゥアアアァァッ!!」

 障壁の中央に、まるでドラゴンの形をした魔物が現れたのだ。

 実は、左右方向に飛んだ瘴気はそれぞれ魔物に変化したのだが、上空方向に飛んだ瘴気が予想しない変化をしたのだ。中央付近に残った瘴気と、上空へ飛んで落ちてきた瘴気がひと塊になり、予想外の魔物を生み出してしまったのだ。

「“厄災の暗龍”……」

 チェリシアが呟いた言葉に、ロゼリアが驚愕の表情を浮かべた。

「厄災の暗龍って、伝説のドラゴンじゃないの! あれが、あのドラゴンがそうだと言うの?!」

 ロゼリアの焦りの言葉に、チェリシアは静かに頷いた。

 厄災の暗龍……。

 ゲーム本編において登場せず、クリア後の隠し要素として出てくる、いわゆる裏ボス、隠しボスである。しかし、このボスは本編最中にテキストでも一切触れられる事がなく、クリアデータをプレイする時に条件を満たすといきなり戦闘に突入する上に、ラスボスが楽勝になったパーティーですらワンターンキルされるという、理不尽極まりないボスだった。

 そんな理不尽なボスが、目の前に現れた。チェリシアは血の気が引く。

(ある程度時間が経つと弱点とか攻略法とかが確立されて……。それでも運要素の高いボスだった。……私たちで勝てるの?)

 チェリシアは、厄災の暗龍の姿をよく見る。よく見ると不完全な顕現なのか、チェリシアが展開している防御壁の半分以下の大きさの上、ところどころ鱗が剥げ落ちている。

(瘴気が足りなかった……という事?)

 チェリシアは混乱している。

「チェリシア、どうするの?」

 ロゼリアが声を掛けてくる。だが、その声はチェリシアには届いていない。

「ペシエラ、前回はどうだったの?」

「怖くて覚えてないですわ!」

 ペシエラに問い掛けても梨の礫だった。

「ギャオオオッ!」

 厄災の暗龍が雄叫びを上げる。

 雑魚の魔物は防御壁を突破できずにもがいているが、厄災の暗龍が尻尾を振って叩けば、防御壁にわずかながらヒビが入る。

 ロゼリアはぞっとする。

 このままでは、厄災の暗龍が不完全とはいえ、防御壁突破は時間の問題であった。

(ええい、記憶の攻略法を頼りにするしかないわ)

 チェリシアは覚悟を決める。

「ロゼリア、暗龍の足元の土を泥にできる?」

「え? ええ、できるわ」

 チェリシアの突然の質問に、ロゼリアは一瞬驚いて答えが遅れる。

「ペシエラ、二重の防御膜の間にできる限りの光魔法を展開して!」

「分かったわ」

 ペシエラの方はすぐに反応して、すぐさま防御壁の間に光魔法の魔力を込めていく。

 チェリシアが指示したのは、厄災の暗龍の攻略法のうち、リアルで再現できるものだ。

 瘴気の塊である厄災の暗龍には、光属性の魔法がよく通る。しかもアンデッド扱いなのか回復魔法でもダメージが通る。

 そして、もう一つ面白い事に、行動阻害系のデバフがほぼ確実に効く。高頻度かつ高火力の攻撃を操り、そこそこ高い物魔両方の防御を誇る裏ボスだが、そこに気付けばワンサイドゲームに持ち込む事ができるのだ。

 ロゼリアが厄災の暗龍の足元を泥に変える。すると、厄災の暗龍の巨躯が泥に沈み込む。すると、厄災の暗龍はうまく尻尾を振るう事ができなくなった。腕を振るうが、腕が短いので防御壁まで届かない。

 さあ動きを封じた。そう思ったのも束の間。

 厄災の暗龍の頭部に、強力な魔力が集まり始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る