第31話 目玉は石けん
あれから一ヶ月後。
「立派な建物ですね……」
「いや、本当にここまでの物を建ててしまうなんて……」
ロゼリアたち三人は、完成したマゼンダ商会の建物を前で大口を開けて佇んでいる。
結局、商会の名前はマゼンダ侯爵家をそのまま付ける事になった。何かをやらかせば、侯爵家の名前に傷を付ける事になるという脅しだ。ちなみに商会の紋章は、チェリシアの名前に由来したさくらんぼをモチーフにしたものとなった。果物由来の紋章は、なかなかにユニークな物である。だが、果物はマゼンダ侯爵領の特産でもあるので、以前の協議通り、両家のシンボルを組み込んだものとなったのだ。
しかし、建物が無事に完成したといっても、ゆっくりしている暇は無い。すぐさま、国王女王両陛下へと献上する品を選定しなければならなかったのだ。これは商会を承認した時の条件。開業時の一番の取引相手に王家を選ぶ事だった。
実は、これに対してもロゼリアたちはしっかり対策をしていた。それは油を作り出した時の事だった。
「石けんを作りましょう」
チェリシアの唐突な発言だった。
「前世で私はなんでも自作する事をしていたのよ。その中で石けんも作った事があるの」
ロゼリアとペシエラは、揃って首を傾げた。石けんが何か分からないのである。この世界での洗体といえば、濡れ布巾で体を擦るものである。湯船の存在も知らないという、何とも言えないものだった。
「石けんの材料となる油は先日作ったので、後は強アルカリの液体。ただ、それはここで再現できないので、薪の燃えかすに水を注いで抽出された液体を使います」
当然ながら、ロゼリアとペシエラはちんぷんかんぷんである。
「ただ、この液体は触るとぬるぬるするので注意が必要です。使った物は後でお酢で洗って下さい」
そう言って、チェリシアは作る気満々だったのか、事前に用意していた薪の灰汁と油と水を混ぜ合わせて温めていく。
この世界の金属鍋では金属成分が溶け出してしまうので、温めるための容器には苦戦した。そこで用意したのが、ガラスの鍋だった。ワインの瓶を作る技術はあったので、それを鍋へと応用したのだ。頼まれた技術者は頭を抱えていたが、チェリシアは画期的な発明になると説得したのだった。
ちなみに温め方なのだが、普通の鉄の鍋に水を張り、その中に土台となる木の板を置いて、その上にガラス鍋を置くという湯煎方式だ。
混ぜるのももちろんガラスの棒。強度の問題はあったが、数度の試作ののち、無事にクリアしたのだ。
根気よく湯煎で混ぜ合わせていった結果、いい感じのドロドロの液体が出来上がる。それを木の酌で掬い取り、同じく木でできた枡に流し込んだ。粗熱を取って倉庫で乾燥させていたのだが、ついにこの日、無事に完成したのだった。
出来上がりを確認するために、チェリシアは水を汲んだ桶に少し潜らせて手で擦る。しばらくは何も起きなかったが、よく見ると少しずつ泡立ち始めていた。
「うん、成功。匂いもほんのりいい感じだし、これで献上品は大丈夫ね」
チェリシアはロゼリアたちの方を見る。
「天然素材の石けんだから肌にはいいし、普段は食べないような果物の皮を練り込んだ香り付きだから、これは喜ばれるわ」
石けんを手に乗せて、自慢げに語るチェリシア。
「しかし、初めて会った時とは全然違ってるわね、チェリシア」
あまりにはしゃぐチェリシアに、ロゼリアはついつい言ってしまう。すると、チェリシアははしゃぐのを止めて、ロゼリアを見てバツが悪そうにしている。
「あはは……、あれは前世の記憶を取り戻したばかりで、いろいろ不安になってたから。一人で黙々と作業しているのが好きだったし、違う世界でどう付き合えばいいのか分からなかったもの」
どことなく目を逸らしたまま、チェリシアは語った。
だが、ロゼリアもペシエラも、チェリシアの言い分を理解できた。右も左も分からない世界に突然放り込まれたら、自分たちだってそうなると思えたからだ。
「だから、声を掛けてきてくれたロゼリアには、とても感謝してるわ。おかげで自信もついたし」
チェリシアはにっこりと微笑んでいる。
三人が話し込んでいると、部屋の扉がノックされる。
「お嬢様、お館様方がお呼びでございます」
執事がチェリシアたちを呼びに来たのだ。どうやら、もう王宮へと向かわねばならないらしく、チェリシアたちは覚悟を決めた。
「すぐに向かいます」
チェリシアが代表して答えると、執事は「お伝えします」とだけ残して部屋の前を離れた。
「あまり気が向かないけど、行かなくちゃね」
ロゼリアたちは急いで支度を済ませると、父親たちの待つ部屋へと急ぐのだった。
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