第4話 決意

 日を改めて、次の週末。ロゼリアはコーラル子爵家を訪れていた。事前に訪問する事は連絡しておいたので、子爵家に着いた時にはしっかりと出迎えを受けた。

「ロゼリア様、今回は我が家をご訪問下さり、誠にありがとうございます。チェリシアも同い年の友人ができたと喜ぶでしょう」

 どういうわけか、コーラル子爵自らが出迎えに来ている。だが、こちらは専属侍女のシアンと護衛のブラウニー・チャコールだけである。

「なぁ、なぜお嬢様はこんな子爵家に顔を出したんだ?」

「この間の茶会でご一緒された時に、ここのチェリシア様を気に入られたようよ」

「本当かよ。こんな貧乏貴族、相手にする必要は無いだろうに」

「口を慎んで下さい。いくら相手が子爵家とはいえ、侮辱は罪に問われます。それに、お嬢様たっての希望とあっては、無下にもできません」

 愚痴を言うブラウニーを、シアンがしっかり窘めていた。

「ちっ、分かったよ」

 ブラウニーは不貞腐れた。

「それはそうと、お嬢様はチェリシア様とお二人で話をされるようですので、私たちは部屋に同席する事はできませんので、ご理解下さい」

「……分かった」

 あまりのブラウニーの態度に、シアンは大きくため息をついた。

 さて、ロゼリアとチェリシアの二人は、チェリシアの部屋の中で向かい合って座っていた。しばらくは沈黙していたが、ロゼリアからまずは切り出した。

「で、そのゲームとやらの話を聞かせてもらえないかしら」

 チェリシアは縮こまりながら口を開く。

「はい、私が元居た世界では、このくらいの小さな板の表面で遊べるゲームがあったんです」

 チェリシアは、両手で板の大きさを示しながら説明を始めた。

 それによれば、チェリシアというか、チェリシアに転生した人物が“スマホ”とかいう物で遊んでいた“乙女ゲーム”なるものの世界と、ここが似ているという事らしい。

「で、あなたが転生したと気付いたのは、いつの事なの?」

「前回の茶会の一週間前、つまりほぼ二週間前です」

「それって、私が時戻りした日と同じ日じゃないの」

 ロゼリアは驚いた。自分が未来から死に戻った日に、チェリシアは前世の記憶を取り戻したというのだ。

「前回の茶会の誘いを受けた時は、私の事には気付かなかったのかしら」

「はい。その時はまだ記憶が混乱していて、お父様からも参加するように言われたので……」

「なるほどね」

 さらに話を聞けば、チェリシアはそのゲームのヒロインと呼ばれる話の中心人物。ロゼリアはそのチェリシアを邪魔する悪役だという事らしい。

「それで、私の事を悪役令嬢と。確かに、前回はお小言が多かったとは思うけど、その時間軸でのあなたも大概な田舎娘だったわ」

 ロゼリアが思い出しながら、チェリシアのあまりの無作法さにため息をついた。

「私はそのチェリシアの事は分かりませんが、聞いている限りはそんなに恨むような事かなと思います」

「その事は、そのチェリシアにしか分からない事だから仕方ないわね。でも、私が処刑されて、私が死に戻って、チェリシアには別人が宿った。という事は、少なくともこの国の未来には私が生きている必要性があるのかも知れないわ」

「それは私も思いました。もしかしたらゲームの強制力かも知れません」

「どういう事?」

 転生チェリシアが言うには、ゲームのシナリオから外れようとすると、それをゲームの筋書き通りに正そうとする力が働く事があるらしい。それを強制力と呼ぶそうだ。

「……あり得なくもないわ。とにかく、私は殺されるつもりはありませんし、家族を巻き込んで没落なんてしたくはありませんわ」

 ロゼリアは叫ぶと、両手をテーブルに突いて勢いよく立ち上がる。

「チェリシア。あなたのそのゲームの知識と私の体験した未来を組み合わせて、誰も不幸にならない未来を目指さない?」

 ロゼリアの目は強く輝いている。この勢いにチェリシアはつい押されてしまった。

「は、はい」

 チェリシアは体を引いて、そう答えるのが精一杯だった。

「そういう事で、チェリシア。二人で居る時は“ロゼリア”と呼び捨てで構わないわ」

「は、はい。ろ、ロゼリア……」

 チェリシアは両手を胸の前で合わせて、照れくさそうに返事をした。

「これからも時々手紙を出し合うとか、直接会うなどしましょう」

「そうですね」

「学園に入るまで五年もあるのです。必要な対策は今から講じるべきよ」

「はい」

 ロゼリアとチェリシアは、両手をがっしりと握り合った。

 こうして、時を戻ってきた令嬢と、異世界から転生してきたヒロインがまさかの共闘を行う事になった。

 はてさて、この物語の結末は、どうなる事になるのだろうか。

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