夜中の侵入
宿で出された料理は、飛び入りだったこともあり簡素だったものの、かなりおいしいものだった。
衣更市のモデルは観光で有名な場所だったはずだから、それにこの世界も合わせてるんだろうなあと思う。
せりをふんだんに使ったせり鍋をいただき、それで満足を覚えている間に、私たちは内風呂をいただいてから、髪を一生懸命乾かして夜を待った。
「夜に出るのはかまいませんが、夜になったら先祖返りが増えます。先祖返りとの戦闘は避けられないことは言っておきます」
「……わかりました。この時間だと、倒した人たちが無事だといいんですけど」
いくら風花ちゃんの血で治せるとはいえど、寒い衣更市の夜に放置していたら、凍ってしまうよなと心配してしまう。それに桜子さんが固い声を上げる。
「そのまま瑞鵺殿にまで走れば、結界の関係で悪さはできなくなるかと思います。結界の修復が完了してないため、血を抜かずに正気に戻るかどうかは、五分五分ですが」
「うーん、難しいですね。でもわかりました」
私は風呂敷に包んだ神通刀を桜子さんに引き渡した。そして桜子さんを「失礼します」と抱きかかえた。桜子さんはビクンと肩を跳ねさせつつも、私にしがみつく。
「……できるだけ戦わないようにします。それで、大丈夫ですよね」
「はい。猶予日数が過ぎてしまったら、陰陽寮はいよいよ容赦なく衣更市に牙を剥きますから、今晩中に要石の修復ができるのがベターです……私だって、なるべく先祖返りを殺さないで済むほうがいいですから」
そう言ってくれた桜子さんに安心しながら、私たちは急いで窓を開ける。冬の夜風が頬を突き刺さる。それに一瞬鳥肌を立てながらも、桜子さんの軽くて不安になる体重を感じながら、夜へと飛び出していった。
窓は隣室に部屋を取っていたうらら先生と風花ちゃんも窓から飛び降り、うらら先生は神通力で風を引き起こしてそのまま風花ちゃんと一緒に着地した。
「それじゃ、行くよ」
「はいっ!」
私たちは全力で駆けはじめた。
****
桜子さんが言っていた通り、昼間よりも夜間のほうが先祖返りの行動が激しい。
たしかゲーム本編でも、昼間の調査よりも夜間のほうが戦闘が激しかったように思う。
今までは要石に反応して覚醒してしまった先祖返りや意識を持って邪魔してきた先祖返りが多かったけれど、今晩は違う。
……もう理性が蒸発してしまって、このまま本能だけで生きることが楽しくなってしまった、初めて出会った先祖返りみたいなひとたちで蔓延している。
私も……桜子さんと契約していなかったら、その楽しさに飲まれてしまっていただろう。
私は神通刀を抜くかどうか迷っていたものの、風花ちゃんは背中に背負っていた弓矢を取り出し、首を振る。
「みもざちゃんは戦わないでください! 今回は斬り伏せるよりも、道を開けてもらうことを優先したほうがいいです!」
「そうだね。私たちは、要石の封印に来ただけで、先祖返りと戦うよりも、目くらましをしたほうがいい、ね!」
風花ちゃんが穿った矢に、うらら先生が力を流す。
これは……光。閃光弾の代わりだ。先祖返りたちが一瞬でも目くらましで立ち止まったら、そのまま私たちは走っていく。
彼らは結界には入れない。人の家の中には入れないから、その間に走る。
坂がきつくて、もし私たちも先祖返りとして目覚めていなかったら、足がもつれて途中で転んでいただろう。でも、うらら先生も風花ちゃんも息を切らすことなく走っている。そして元々鍛錬を積んでいた桜子さんも、坂を駆け抜けていく。
やがて、既に門が閉め切られた瑞鵺殿が見えてきた。
「あそこに向かうため、跳びます!」
「わかりました。風花ちゃん、私が投げるから、跳んで!」
「えっ!? はっ、はい!」
踏み台になるべく膝をつき出すと、風花ちゃんは助走をつけて走りはじめた。そのまま跳んだ彼女を、私はさらに下から持ち上げて、門へと投げた。
うらら先生はつむじ風を起こして乗り越え、私は桜子さんを抱えたまま、大きく跳躍する。
結界に邪魔されるんじゃと思ったものの、たしかにその結界は私たちを異物として弾くことはなく、どうにか中に入ることができた。
全員で息を切らしながら、どうにか風花ちゃんは血を垂らし、要石の修繕をはじめる。
これで……あとは三つ。
皆でそのままへたり込んでしまった。
……が。枯山水に座り込んでいる中、乱暴に砂を蹴る音が近付いてきた。
「何奴!? この夜中に瑞鵺殿に入る不届き者は!?」
厳しい声が響き、私たちはビクンと肩を跳ねさせた。
袈裟を着てツルリとした頭……どう見ても僧侶だけれど、僧侶にしては、袈裟越しでもわかるほどに筋肉隆々であり、こちらに向けてきた得物も、どう見ても重いだろう槍だった。
なによりも……この人の気配は、仲春くんや桜子さん、桜子さんの上官さんと同じもの……退魔師の霊力を纏って、それはあからさまに私たちに殺意を剥き出しにしていた。
喉がきゅっと締まって声が出なくなってしまった中、桜子さんが私たちを背中に庇って声を上げた。
「……本日は無断で立ち入り、誠に申し訳ございません。私は陰陽寮の陰陽師、麦秋桜子と申します」
「陰陽師? 陰陽師がなぜこのような場所に?」
あからさまにとげとげしい声になったのに、昼間に聞いた話を思い出した。本当に、陰陽寮と寺社の仲は険悪らしい。
桜子さんは一瞬喉を詰まらせてから、言葉を重ねる。
「……大変申し訳ございません。本日の用は、要石の修繕です」
「かなめいし? その先祖返りの娘が血で穢した霊石のことですか?」
それに風花ちゃんは悲し気に目を伏せた。そうか、この人は先祖返りや妖怪のことはわかっていても、区別がついてないんだ。
うらら先生はあからさまになにかを言いたげな顔をしたものの、それは桜子さんが遮った。
「彼女は人魚の先祖返りになります。彼女の血を持って要石を修繕し、衣更市全土の結界の修復を図ろうとしていました」
「何故? よそから来た人間が、わざわざ衣更市の先祖返りの案件に首を突っ込むのですか」
僧侶はあまりにも頭が固く高圧的だ。
……仲春くんが、どうして要石の修繕を行って結界の修復を行うのを諦めたのか、ようやくわかった気がする。
彼は土着の退魔師だったからこそ、退魔師の中でも、地元に住む寺社の人々と陰陽寮の人々だと、考え方や温度に差があるってことを知っていたんだろう。だからと言って、照日さんを諦めることもできなかったから、逃げ出した……。
たまりかねて、私は声を上げた。
「……私たちは、たしかに先祖返りです。ですけど、人を襲いたくありません。ここで普通に暮らしていたい。だからこそ、結界を修復して、そのまま異形の血を封じて生きていたかったんです」
「……あなた、既にそこの陰陽師と契約しているじゃありませんか。あなたの霊力、彼女のものと混ざっています」
「……私たちは、退魔師の体液をいただくか、退魔師と契約するしか、理性を繋ぎ止めることができなかったからです」
「そこまでして、どうして人間と先祖返りの共存を目指すのですか? どの道、我々と先祖返りでは、考え方も違うと思いますがね」
本当に、本当にこの人。よそ者も嫌いだけど先祖返りも嫌いって、どうすればいいんだろう。
私は声を振り絞る。
「……そうかもしれませんが、このままいけば、陰陽寮は衣更市を殲滅します。今まで封じ込めていた異形の血が暴れるくらいなら、もういっそのこと町ひとつなかったことにするつもりだから、そうならないように結界を修復したいんです」
「……これだからよそ者は」
僧侶はあからさまに舌打ちをした。
風花ちゃんはプルプル震えたまま、おずおずと声を上げた。
「あ、あのう……わたしの血で、要石が直れば、このまま結界は修復されますし、それで陰陽寮も結界が修復された場合は手を出さないはずです」
「それ、ただの対処療法でしょうが。衣更市全土に結界を張るなんてこと、よそ者の陰陽師はできません。守り人はどうしたんですか」
「それは……」
痛いところを突かれた。
そうか。元々衣更市が京からの流刑地だったって知っているんだ。だからこそ、土着の退魔師がずっと結界を守っていた訳で。
でもその守り人だった仲春くん、守護神だった照日さんと駆け落ちしてしまってもういませんけどね。どうするの、これ。
私たちが完全に困り果てて黙り込んでしまった中、今まで黙っていたうらら先生が手を上げた。
「私たちは残念ながら先祖返りであり、このことについての決定権はありません。このままだと、私たちごと町ひとつ殲滅されるだけで。しかし、ここの守り人も消息を絶ってしまったがために、現在進行形で、衣更市は殲滅の危機に合っているんです。現状、要石を修繕できるのは、人魚の先祖返りである、麗月だけで、私たちは修繕を急がなければいけません。このあたりの縄張り争いは、大変お手数ですが、この地の退魔師と陰陽寮、双方で話し合ってはくれませんか?」
要は現場のことは現場に回し、政治のことは政治権限持っている者同士でしてくれってことだよなあ。
実際に私たちには、「死にたくない」以外に言えることがなにもないし、それを主張したところで退魔師側が聞き入れてくれないことにはどうしようもないんだ。
僧侶は黙ってうらら先生を見てから、陰陽師である桜子さんを見た。そして、溜息をついた。
「……わかりました。陰陽寮側の人間を寄越してください。それで手打ちにします」
陰陽師側からしてみれば、衣更市から先祖返りが出て暴れ回ったら困るから、衣更市から先祖返りを出したくない。
寺社側からしてみれば、地元の問題なんだから地元の退魔師で対処するべきなのによそ者が安全圏から口を出してくるな。
この辺りの話し合いが上手くいったら、私たちももうちょっと動きやすくなるんだけど。
要石の霊力は満ち、どうにか残り三日の猶予は守れそうだ。
政治のことは、政治権限のある人たちに任せる。
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